「ヘレディタリー」に隠された悪魔信仰の元ネタと宗教的背景

2018年に公開されたホラー映画「ヘレディタリー/継承」。観た人の多くが「なんか気持ち悪いものを見た」「あの映画、意味がわからなくて怖かった」と口を揃える。でも、その「意味がわからない怖さ」には、ちゃんとした元ネタがある。

この記事では、映画の裏に隠された悪魔信仰と宗教的背景を丁寧に解説していく。知ってから見返すと、ゾッとするシーンが増えるかもしれない。

先に結論を言う。「ヘレディタリー」は、実在する悪魔「ペイモン」を召喚するための儀式を描いた映画だ。そしてその「ペイモン」は、17世紀の魔術書に記された「地獄の王」の一人として、今でも一部の悪魔崇拝者に信仰されているとも言われている。

怖い? でも続きを読んでほしい。


「ヘレディタリー」とは何か、まず基本情報から整理する

まず映画の概要を押さえておこう。

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「ヘレディタリー/継承」は、アリ・アスター監督のデビュー長編作品。2018年のサンダンス映画祭でお披露目され、全米公開後に批評家から「現代ホラーの傑作」と絶賛された。日本でも同年に公開され、Twitterを中心に「鑑賞後に眠れなくなった」という声が続出した。

ストーリーは一見、「祖母が死んだことをきっかけに壊れていく家族」の話に見える。主人公アニー(トニ・コレット)の母エレンが亡くなり、その後から家族に奇妙な出来事が続く。娘チャーリーが事故死し、息子のピーターが悪夢を見るようになり、アニー自身も精神を壊していく。

でも実はこれ、「悪魔を召喚するために一族が何世代もかけて準備してきた儀式の話」だったりする。

表面上はグリーフ(悲嘆)の話。でも裏には、本物の悪魔崇拝が描かれている。この二重構造が、この映画を単なるホラーと違うものにしている。

そしてその悪魔崇拝の「元ネタ」は、17世紀に実際に書かれた魔術書に由来する。架空の話ではなく、実在したテキストがベースになっているのだ。

アリ・アスター監督は公開前のインタビューで「この映画を作るにあたって、西洋魔術に関する文献を大量に読み込んだ」と語っている。それが単なるリサーチにとどまらず、映画の細部にまで徹底的に反映されている点が、他のホラー映画と一線を画している。

製作会社はA24。「ウィッチ」「ムーンライト」「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」などを手がけたインディペンデント系の名門スタジオだ。このスタジオは「ただ怖いだけじゃない、テーマを持ったホラー」を得意とする。「ヘレディタリー」はA24ホラーの中でも、特に「見た後のダメージが大きい映画」として語り継がれている。


映画の核心にいる悪魔「ペイモン」の正体と歴史的背景

映画に登場する悪魔の名は「ペイモン(Paimon)」。

これは完全な架空の存在ではない。17世紀に書かれた魔術書「レメゲトン(The Lesser Key of Solomon)」の中に、実際に記されている悪魔の一人だ。

「レメゲトン」とはどんな本か

「レメゲトン」は、ソロモン王の伝説に基づいた西洋魔術の書物だ。ソロモン王は旧約聖書に登場する古代イスラエルの王で、「72の悪魔を封印した指輪を持っていた」という伝承がある。その伝承をもとに書かれたのが「レメゲトン」で、「アルス・ゴエティア(Ars Goetia)」という章に72の悪魔が詳細に記されている。

ゴエティアという言葉は、ギリシャ語の「ゴエス(呪術師)」に由来する。要するに「悪魔を呼び出す魔術の書物」だ。

ペイモンはその72の悪魔の中で、「第9番目の王」として記されている。

「レメゲトン」の成立は17世紀とされているが、その内容の多くはそれ以前の中世ヨーロッパの魔術文書に由来する。「ムニコーン」「ハイゲア」などの古い文書から材料が集められ、体系的にまとめられたと考えられている。現在でも英語圏のオカルト書店では普通に購入でき、電子書籍でも入手可能だ。

日本語訳も一部が存在しており、オカルト愛好家の間では「ゴエティア」「大いなる鍵」などの名で知られている。

ペイモンの描写と能力

「レメゲトン」の記述によると、ペイモンはラクダに乗った人間の姿で現れるとされる。頭には王冠をかぶり、200以上の軍勢を引き連れているという。声は高く、口笛のような音を立てるという記述もある。

映画でチャーリーがよく「カチカチ」と舌を鳴らすシーンを覚えているだろうか。あの音は、この「ペイモンが立てる口笛のような音」を意識したという解釈がある。

また、ペイモンが与えるとされる力は「知識・技術・秘密の暴露」だという。召喚者の質問に何でも答え、あらゆる技術を授けてくれる存在として書かれている。ただし、その見返りに「肉体的な器(ヴェッセル)」を要求するとも言われている。

これが映画の核心と深くつながっている。

さらに「レメゲトン」には、ペイモンが「芸術・科学・哲学のあらゆる秘密を教える」とも記されている。映画でアニーがミニチュアアーティストとして描かれていることに、意味を見出す論者もいる。「アーティストとしての才能もペイモンによって与えられたものだった」という解釈だ。

ペイモンを召喚する際には、「ルシファーへの礼拝を先に行わなければならない」という条件も書かれているとされる。悪魔の中でも上位の存在に服従しているという記述は、キリスト教的な「地獄の階層秩序」という世界観の反映だ。中世の神学者たちは、天使に位階があるように悪魔にも位階があると考え、それを体系化しようとした。ゴエティアはその集大成の一つとも言える。

映画における「器」の意味

映画の終盤で明らかになるのは、エレン(祖母)が率いる秘密カルトが「ペイモンのための肉体的な器を用意していた」という事実だ。

ペイモンは男性の体を必要とするとされている。だからエレンの息子(アニーの兄)が最初の「器」候補だったが失敗した。次に娘のアニーが生まれ、その息子ピーターが最終的な「器」になるよう、何十年もかけて計画が進められていた。

チャーリーは女性の体に宿ったペイモンの「仮宿」で、男性の体(ピーター)への移行を待っていたとも解釈される。チャーリーが事故で亡くなるのも、計画の一部だという説がある。

この「肉体の器」という概念は、ゴエティアの文脈と完全に一致している。

なお映画の本編では描かれないが、エレンの息子(アニーの兄)がどうなったかについて、劇中のセリフや回想から推測できる描写がある。アニーが「兄は統合失調症だった」と語るシーンがそれだ。兄がペイモンの「器」にされかけて精神崩壊した可能性を示唆しているという解釈もある。

このように映画は、「語られない部分」にも膨大な情報が詰まっている。一度見ただけでは気づけない伏線の多さが、この映画を繰り返し語られる作品にしている理由の一つでもある。


映画に散りばめられた悪魔崇拝のシンボルと儀式の記号

「ヘレディタリー」を見た人なら気づいたかもしれないが、映画の至る所に謎の記号が描かれている。壁に刻まれた文字、天井に書かれた模様、ミニチュアの中の細部。これらは全て「ペイモンの召喚儀式」に関係したシンボルだという。

映画に登場するシンボル「ント(Nt)」

映画全体を通して繰り返し登場するのが、「ント(Nt)」という文字のような形のシンボルだ。これはペイモンを象徴する印とされており、アリ・アスター監督が実際の魔術書を参考にして映画に組み込んだとインタビューで語っている。

このシンボルは、映画の最初から最後まで至る所に隠されている。壁の染み、アニーのミニチュア作品、木の節、光と影が作るパターン。一度気づくと、次々と見つかり始める。

映画を見終わった後に気づいた視聴者が「もう一度最初から見直した」というのも、うなずける。

映画の冒頭シーンを覚えているだろうか。カメラがゆっくりとミニチュアハウスの中に引き込まれていく、あの有名なオープニング。あの場面のミニチュアの壁にも、すでにペイモンのシンボルが刻まれているという指摘がある。映画の第一カットから、もう儀式は始まっていたわけだ。

さらにこのシンボルは、エレンが生前ちょくちょく訪れていた集会の場所(映画中盤でアニーが発見する)の壁にも刻まれている。エレンがどれほど長期間にわたってこの儀式の準備をしてきたかが、このシンボルの「古さ」からもわかる。

首なしの遺体と「首の切断」の儀式的意味

映画の終盤で、アニーを含む複数の人物が首を切断される。ピーターの祖母エレンの死体も首がない状態で発見される。

この「首の切断」にも悪魔崇拝の文脈があるという説がある。一部のグノーシス主義(キリスト教の異端的潮流の一つ)では、頭部は「霊的な光が宿る場所」と考えられており、頭部を捧げることが最上位の供物とされる儀式が存在したとも言われている。

また西洋魔術の文脈では、「首の切断」は旧い肉体から霊的存在が解放されることを象徴するとも解釈されることがある。

映画の終盤でアニーが自ら首を切断するシーンは、「自らペイモンに体を捧げる」という最終的な供物の儀式を描いているとも言われている。

このシーンは、映画史上でも特に衝撃的な場面として語られることが多い。ただ「残酷なホラー描写」として見るのではなく、儀式の文脈に置くと、あのシーンには「完成」という意味があることがわかる。エレンたちが何十年もかけて準備してきた儀式が、ここで「完了」したのだ。

「首の切断」に関連して付け加えると、映画の中盤でチャーリーが交通事故で亡くなるシーンも首の切断が関わっている。あの瞬間の描写は非常に唐突で、多くの初見視聴者が「え、今何が起きた?」と混乱したはずだ。この唐突さも意図的で、「チャーリーの死は計画の一部だった」という冷酷さを表現しているとも言われている。

蟻とハチミツの意味

チャーリーがハチミツや死んだ鳥を食べるシーンが印象的だった人も多いはずだ。これにも意味があるという説がある。

一部の解釈では、ハチミツは「霊的な甘い罠」を象徴し、死んだ生き物を食べることは「死の領域との接続」を意味するとも言われている。チャーリーが死んだハトの頭を切り落として持ち帰るシーンは、この儀式的な文脈で見ると「小さな首の切断」の反復とも読める。

また映画に登場する蟻は、ペイモンの持つ「群れを率いる」という性質を象徴しているとも言われており、エレンの死体に群がる蟻は「ペイモンへの帰属」を示しているという解釈がある。

チャーリーのキャラクター造形は非常に特異だ。ハトの頭を切り落とすだけでなく、甘いものへの強い執着、舌のカチカチ音、独特の絵を描く習慣。これらは全て「ペイモンに憑依された子供」の描写として設計されているという。

ゴエティアの記述では、ペイモンは「要求されれば何でも教える」が、自分が望むものを要求してくると書かれている。チャーリーの「何かを強く欲しがる」行動パターンは、この記述と重なると見る研究者もいる。

アニーのミニチュアに込められた予言的表現

映画を通じて、アニーはミニチュアアートを制作し続けている。そのミニチュアの中には、映画の後半で実際に起こる出来事が先行して描かれているという指摘がある。

たとえば、ミニチュアの中に「首のない人形」が映り込んでいるシーンがあると言われている。これが「予言」なのか「記録」なのかは議論が分かれるが、いずれにせよアニー自身が無意識のうちに儀式の進行を「作品」として記録させられていたという解釈が成り立つ。

「アーティストとしての感性をペイモンに利用されていた」という読み方は、映画の「グリーフ」テーマとも絡み合う。アニーは自分の作品を「トラウマの昇華」として語るが、実はその作品自体が儀式の道具として機能していた、という二重の皮肉が映画に仕込まれているとも言える。


実際の体験談・証言:「ヘレディタリー」を見た後に起きた不思議な話

映画の話にとどまらず、「ヘレディタリー」に関連して実際に体験したという声も、ネット上に散見される。

あくまでも個人の体験談として紹介する。事実確認は難しく、真偽の判断は難しい。でも読んでほしい。

「映画を見た後、天井に誰かがいた」

海外の映画レビューサイトやRedditには、「ヘレディタリー」を見た後に不思議な体験をしたという投稿が複数ある。

その中でも多いのが、「天井に誰かがいる気がした」という内容だ。映画の終盤で人間が天井に張り付いて移動するシーンは、ホラー映画史上でも屈指の不気味なシーンとして語られているが、その映像が脳に焼き付いて、帰宅後にも天井を確認してしまうという声が多い。

心理的な影響と言ってしまえばそれまでだが、「3日間、夜に天井を見ることができなかった」という報告は、英語圏でも日本語圏でも複数確認できる。

ある映画ファンのブログには、こんな記述があった。「映画を見た翌日、夜中に目が覚めた。なんとなく天井を見上げたら、暗くてよく見えなかった。それだけなのに、なぜか数秒間、体が動かなかった。映画のあのシーンが頭にあったせいだとはわかっている。でも、あの数秒間は本当に怖かった」。

これは心理的な影響の典型例ともいえる。強烈な視覚イメージが記憶に刻まれ、暗闇の中で無意識に再生される。「ヘレディタリー」はその「映像の刻み込み力」が際立って強い映画だという評価は、専門家にもある。

日本のあるオカルトマニアの体験

都市伝説や悪魔崇拝に詳しい、ある日本の研究者(本人の希望で匿名)から話を聞くことができた。

「ヘレディタリーを見た後に、ゴエティアの本を読み返してみたんです。そしたら映画に出てくるシンボルと、本に掲載されているペイモンのシジル(印)が本当によく似ていて、鳥肌が立ちました。アリ・アスターは絶対に本物の魔術書を参照している。あれは素人が作った架空のシンボルじゃない」

この研究者は続けてこう語った。「さらに気になったのは、映画に登場するエレンの部屋の描写です。本棚に並んでいる本のタイトルを一時停止して見ると、実在するオカルト書籍が複数確認できる。映画の『フィクション』の範囲を超えた何かがある気がして、それ以来この映画は一人で見られなくなりました」

この研究者がさらに教えてくれたのは、映画の「食事シーン」についての解釈だ。「劇中で家族が食卓を囲む場面がいくつかあるんですが、そのシーンの構図が、特定の儀式的な会合の絵画に似ているという指摘があります。ダ・ヴィンチの最後の晩餐とまで言うつもりはないですが、意図的に参照しているとしか思えない構図が使われているシーンがある」

映画制作側は公式にはこれらを認めていないが、「映画の内部には語られていない設定が膨大にある」とアリ・アスター監督が語っているのは事実だ。

海外の「ペイモン崇拝者」と映画の関係

映画公開後、欧米の一部のオカルト・コミュニティで「ペイモン」への関心が急上昇したという話がある。

Twitterやオカルト系フォーラムでは、「ヘレディタリー」の公開後にペイモンの名前を挙げた投稿が爆発的に増加したとも言われている。その中には、本当に儀式を試みたと主張する投稿も含まれていた(当然、何も起きなかったという報告がほとんどだが)。

ただ、一部では「映画を見た後から悪夢を見るようになった」「金縛りが増えた」という投稿も見られ、映画が視聴者の精神に与える影響の強さを示す一例とも取れる。

オカルト系のYoutubeチャンネルの中には、「ヘレディタリー」をきっかけにペイモンについて調べ始め、その後本格的にゴエティア研究に入ったという人の証言動画が複数存在する。映画が「入口」になるケースは、日本でも起きているようで、「この映画を見て初めてゴエティアを買った」というレビューがAmazonに投稿されているのが確認できる。

映画館で異変を感じたという証言

ネット上には、映画館での鑑賞中に異変を感じたという体験談も存在する。

あるユーザーの投稿によると、「映画の終盤あたりから急に気分が悪くなり、劇場を出た。一緒に見ていた友人も同じタイミングで気持ち悪くなっていた。映画の内容のせいだとは思うが、あの同時性が気持ち悪かった」という。

別の投稿では、「ピーターが車の中で金縛りにあうシーンで、自分も体が動かなくなった気がした。錯覚だとはわかっているが、それ以来このシーンだけ飛ばして見ている」とある。

もちろん、これらは映画の表現力が生み出した「共感覚」や「映像酔い」の範囲と見るのが合理的だ。ただ、これほど多くの人が「映画を見ているときに体に反応が出た」と語るホラー映画は、そう多くない。


科学的・民俗学的考察:なぜ「ゴエティア」は今も参照されるのか

「ゴエティア」や「レメゲトン」は17世紀に書かれた本だ。なぜ400年後の現代でも、ホラー映画の元ネタになるほど影響力を持っているのか。ここを少し掘り下げてみたい。

西洋魔術の「体系化」という革命

「レメゲトン」が画期的だったのは、悪魔を「体系化」したという点だ。

中世ヨーロッパには無数の悪魔伝説が存在していたが、それらはバラバラの伝承として散在していた。「レメゲトン」はそれらを集大成し、72の悪魔それぞれに「名前・階位・外見・能力・シジル(召喚印)」を付与して体系立てた。

これは一種の「悪魔のデータベース」だ。この体系化によって、悪魔の存在がよりリアルに感じられるようになり、後世の文化に多大な影響を与えた。

現代のファンタジー、ゲーム、映画に登場する悪魔の多くは、このゴエティアの影響を受けているという説がある。「ベルゼブブ」「アモン」「レヴィアタン」「バアル」などの名前は、ゴエティアにも登場する。

日本のゲームにも影響は及んでいる。「真・女神転生」シリーズでペイモンが登場するのは有名だが、同シリーズに登場する多くの悪魔がゴエティアに由来する。「デビルサマナー」や「ペルソナ」シリーズも同様で、日本のRPGを通じてゴエティアの悪魔は日本人にも意外と馴染みがある。

「ヘレディタリー」のペイモンは、そういう意味では「ゲームで見たことある名前」として親しみを持って受け入れられた側面もあるかもしれない。だがゲームのペイモンと映画のペイモンは、まったく異なる文脈で描かれている。

民俗学から見た「悪魔崇拝カルト」の実在性

映画に登場するような「世代を超えた悪魔崇拝カルト」は、本当に存在するのだろうか。

民俗学的に見ると、「秘密結社」や「異端宗教」は歴史上、実際に多数存在したことがわかっている。中世ヨーロッパの「カタリ派」「テンプル騎士団」(後者については真偽が議論されているが)、あるいは18〜19世紀の「フリーメーソン」「薔薇十字団」なども、外部から見ると「秘密の儀式を行う集団」として認識されていた。

また、20世紀には「セトの神殿(Temple of Set)」や「サタンの教会(Church of Satan)」といった実際の悪魔崇拝組織が設立され、現在も活動を続けているという報告がある。これらは多くの場合「思想・哲学の表現」として活動しているが、一部では「実際の儀式的行為」が行われているとも言われている。

「ヘレディタリー」に登場するようなカルトが実在するかどうかは確認できないが、「秘密の悪魔崇拝組織」という概念自体は、完全なフィクションではないとも言える。

宗教学者の中には、「ゴエティアをベースにした現代的な儀式実践者は欧米に一定数存在する」と指摘する人もいる。彼らの多くはいわゆる「左手の道(Left-Hand Path)」と呼ばれる潮流に属し、悪魔を「エネルギーの象徴」として扱うのか「実在する存在」として扱うのかで内部でも意見が分かれるという。

「グリーフ」と「カルト」を重ねた映画の構造

アリ・アスター監督は複数のインタビューで、「ヘレディタリー」を「グリーフ(悲嘆)をテーマにした映画だ」と語っている。

これは矛盾しているようで、実は非常に巧妙な設計だ。

心理学的に言えば、家族を失った後の悲嘆は「コントロールを失う感覚」を生む。人は大切な人を失うと、「なぜこうなったのか」「誰かに責任があるのではないか」と考え始める。そしてその感情の行き着く先として「何か大きな力に操られていたのではないか」という発想が生まれることもある。

カルトや悪魔崇拝が「家族を失って傷ついた人」を取り込む事例は、実際の社会問題としても存在する。映画は「グリーフ」と「カルト」を意図的に重ねることで、心理的なリアリティを出しているという読み方もできる。

特にアニーのキャラクターは、「悲嘆の中で正気を失っていく女性」として描かれているが、見方を変えると「カルトに洗脳され精神支配されていく人間」の姿でもある。グリーフとカルト支配は、心理的なプロセスとして実はよく似ている。「なぜ自分はこんな目に遭うのか」という問いに対して、「それにはちゃんとした理由がある」という「答え」を提供してくるのが、カルトの典型的な手口だ。

「継承」というタイトルの意味

映画の原題は「Hereditary」。日本語では「継承」と訳されている。

表面上は「家族の呪いの継承」を指している。でも民俗学的な文脈で見ると、これは「血統を通じた悪魔の器の継承」を意味する。

西洋魔術の一部の流派では、「霊的な器としての適性は血統によって受け継がれる」という考え方がある。特定の血筋の人間だけが、特定の悪魔の「器」になれるという概念だ。映画のプロットは、この考え方と完全に一致している。

エレンがアニーに娘ではなく息子(ピーター)を生ませ、その息子が「ペイモンの最終的な器」になるよう操作していた。これは「血統を通じた継承」を何世代もかけて実行した話だ。

「Hereditary」という英単語はもともと「遺伝的な」「世襲の」という形容詞だ。「遺伝病」も「世襲の王位」も「Hereditary」という言葉で表現できる。映画のタイトルにこの単語を選んだことで、「家族の病(精神疾患の遺伝)」と「世代を超えた儀式の継承」の両方の意味が込められている。

日本語タイトルの「継承」はこのニュアンスをよく表しているが、「遺伝」という意味も加えれば、さらに深い意味が出てくる。映画の中でアニーが「母方の家系に精神疾患が多い」と語るのは、「カルトの歴史」を「精神疾患の歴史」として語り直した表現とも取れる。


現代における意味:なぜ「ヘレディタリー」は今でも語り継がれるのか

「ヘレディタリー」は2018年の映画だが、2024年現在もホラー映画を語る際に必ず名前が挙がる作品だ。なぜこれほど語り継がれるのか。

「理解できない恐怖」のリアリティ

多くのホラー映画は「怖い理由がわかる」構造になっている。殺人鬼が怖い、幽霊が怖い、モンスターが怖い。でも「ヘレディタリー」の怖さは、「なぜそうなったのかがわからない」ことにある。

初見では「家族が壊れていく話」にしか見えない。でも知識があると「悪魔召喚の儀式に利用された家族の話」に見える。この「見え方が変わる」体験が、映画を見た後の口コミを生む。

「あのシーンの意味、実はこういうことらしい」という語り合いを誘発する設計になっているのだ。

「隠された意味を探す」文化との相性

現代のネット文化では、「作品に隠された意味を探す」という行為自体が一つのエンターテインメントになっている。

「ヘレディタリー」はこの文化と非常に相性が良い。映画全体に散りばめられた記号・シンボル・伏線が「答え合わせ」の楽しみを生み、Youtubeの考察動画やブログ記事を次々と生み出した。その情報の連鎖が、映画の寿命を伸ばしているとも言える。

公開から数年が経った今でも、新しい考察動画が定期的にアップロードされている。「あのシーンの背後にあるもの」「これまで誰も指摘しなかった伏線」という形で、映画の「未解明部分」を掘り起こす試みが続いているのだ。

「オカルトの正確な描写」が持つ説得力

「ヘレディタリー」が他のオカルト系ホラーと違うのは、描写の精度が高いことだ。

多くのオカルトホラーは、「それっぽい」雰囲気を作るために架空のシンボルや儀式を使う。でも「ヘレディタリー」は実際の魔術書を参照し、実在するシンボルや悪魔の名前を使っている。

この「本物感」が、映画を見た視聴者に「もしかして本当のことかもしれない」という感覚を与える。架空のモンスターへの恐怖ではなく、「実在するかもしれない何か」への恐怖。これが映画の根本的な恐ろしさの一つだという見方がある。

比較として「コンジアム」(2018年)を挙げると、あの映画も実在する廃病院を舞台にしたことで、「実在感」から来る恐怖を生み出した。「ヘレディタリー」の実在感は建物ではなく「知識体系」から来ている。そこが他と一線を画している点だ。

家族をテーマにした恐怖の普遍性

オカルトや悪魔の話抜きにして、この映画が怖い理由がある。「信頼していた家族が、実は自分を利用していた」という恐怖だ。

アニーは自分の母親(エレン)が、何十年もかけて自分と子供たちを悪魔の生け贄として育てていたことを映画の最後で知る。これは「血縁への信頼の裏切り」という、非常に普遍的な恐怖だ。

オカルト的な解釈を取り除いても、「毒親」や「家族の呪い(機能不全家族)」というテーマとして読める映画でもある。この多層的な読み方ができることが、幅広い層に語り継がれる理由の一つでもあるという。

特に「母親が子供の人生を自分の目的のために操作する」という構図は、現代の心理学でいう「ナルシシスティックペアレント(自己愛的親)」の問題と重なる。「ヘレディタリー」が「現代のトラウマ映画」として語られる所以がここにある。

悪魔召喚という非現実的な設定を通じて、実際の家族問題の核心を描いている。それがこの映画の最も深い「怖さ」なのかもしれない。

「ポストモダンホラー」の金字塔としての位置づけ

映画評論の世界では、「ヘレディタリー」を「エレヴェート・ホラー(Elevated Horror)」の代表作として位置づけることが多い。

エレヴェート・ホラーとは、「ただ怖いだけでなく、社会的・心理的なテーマを持つホラー」のことだ。「ゲット・アウト」「ミッドサマー」「A24スタジオ」の作品群がこのカテゴリに入る。

「ヘレディタリー」はその先駆けとして、現代ホラーの語り口を変えた映画とも言われている。この影響力ゆえに、今でも「現代ホラーを語るなら外せない一本」として扱われ続けている。

アリ・アスター監督はその後「ミッドサマー」(2019年)を発表し、「ヘレディタリー」と同様に「民間信仰・カルト・グリーフ」を組み合わせた作品で再び話題を呼んだ。この2作を通じて見えてくるのは、監督が「信仰という名の支配」と「家族という名の呪縛」をテーマとして一貫して探求しているということだ。

「ヘレディタリー」はその文脈でも、単なるホラー映画を超えた「作家の哲学が込められた作品」として語られ続けるだろう。


「ペイモン」以外にも潜む宗教的・神話的要素

「ヘレディタリー」に登場するのはペイモンだけではない。映画の背景には複数の宗教的・神話的要素が組み込まれているという指摘がある。

「サバト」と集会の描写

映画中盤以降、エレンが属していたカルトの集会の様子が少しずつ明かされていく。人々が集まり、儀式的な行為を行う場面だ。

この描写は、中世ヨーロッパで「魔女のサバト」と呼ばれていた集会を想起させるという指摘がある。魔女裁判の時代に「悪魔崇拝者たちが夜中に集まって行う儀式」として語られた「サバト」は、当時の人々にとって最大の恐怖の対象の一つだった。

映画の集会描写がサバトを直接モデルにしているとは断言できないが、「秘密の夜の集会で悪魔に仕える人々」というイメージは、明らかにその系譜上にある。

「ヌミノーゼ」と圧倒的な恐怖の感覚

映画を見た多くの人が語るのが、「何かに見られている感覚」「圧倒的な何かに押しつぶされるような怖さ」だ。

宗教学者のルドルフ・オットーは「ヌミノーゼ(Das Numinose)」という概念を提唱した。「聖なる恐怖」とでも訳される感覚で、神的なものや超越的なものに接したときに人間が感じる「おそれ」と「引き寄せられる感覚」が同時に起きる状態だ。

「ヘレディタリー」が引き起こす恐怖は、単なる「びっくりした」「気持ち悪い」という感覚とは質が違うという声が多い。それはこの映画が「ヌミノーゼ」に近い感覚を意図的に生み出しているからではないかという見方がある。

ペイモンという存在を「架空の悪役」ではなく「実在の神話的存在」として描いているからこそ、その映像が「ヌミノーゼ的な恐怖」を呼び起こすのかもしれない。

映画のラストシーンが示すもの

映画の最後、ピーターが「ペイモンの王」として迎え入れられるシーンが描かれる。カルトのメンバーが跪き、「ペイモン王、ようこそ」と語りかける。

このシーンについて、「実はハッピーエンドの一種として描かれている」という解釈が存在する。カルトのメンバーにとっては、これこそが「成就」であり「喜び」だからだ。外から見ると恐怖でしかない場面が、内側の論理では「達成」として描かれている。

この視点の逆転が、映画を見終わった後に「何か嫌なものを見た」という感覚を生む理由の一つかもしれない。「怖い」と思って見ていたものが、実は「祝福」として描かれていた。そのズレが、鑑賞後の不快感として残るのだ。


まとめ

「ヘレディタリー」は、表面上は「家族の崩壊を描いたホラー映画」だ。でもその裏には、実在する魔術書「レメゲトン」のゴエティアに記された悪魔「ペイモン」への崇拝と、その召喚儀式が緻密に描かれていた。

まとめると以下のようになる。

  • 映画の元ネタとなる悪魔「ペイモン」は、17世紀の実在する魔術書「レメゲトン」の「アルス・ゴエティア」に登場する
  • ペイモンは地獄の72の悪魔の中で「第9番目の王」とされ、「男性の器(肉体)」を必要とするとも言われている
  • 映画に散りばめられたシンボルは実際の魔術書に基づいており、アリ・アスター監督が意図的に取り入れたものとされている
  • 「首の切断」「動物の供物」「血統を通じた器の継承」といった描写は、西洋魔術の概念と深く結びついている
  • 「オカルトの正確な描写」「隠された意味の多さ」「家族の裏切りという普遍的恐怖」が組み合わさっているから、映画が語り継がれる
  • チャーリーの奇行・舌の音・動物への行為は、すべてペイモンの仮宿としての描写として設計されている
  • 映画の「グリーフ(悲嘆)」というテーマは、カルトが傷ついた人間を取り込む心理的メカニズムとも重なっている

知ったうえで見返すと、映画の冒頭から全てが「ペイモン召喚の準備」として描かれていることに気づく。エレンの葬儀、チャーリーの奇妙な行動、壁に刻まれた文字。全ては最初から計画されていた。

信じるか信じないかはあなた次第だが、「ヘレディタリー」を見た後に天井を見上げてしまうのは、あなただけじゃないはずだ。

一つだけ忠告しておく。この映画を見た後に「ゴエティア」を検索するのは、夜中は避けた方がいいかもしれない。そして見つかったシンボルが、自分の家のどこかにあったとしても、都市伝説ラボは責任を取れない。

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