ホラー映画撮影中に起きた本当に不吉な出来事7選
「これはただの偶然だ」と言い切れる自信が、あなたにはありますか?
ホラー映画の撮影現場では、説明のつかない事故や死亡事件が繰り返し起きてきました。「偶然が重なっただけ」と片付けるには、あまりにも数が多い。あまりにも、内容が濃い。
出演者が撮影中に亡くなった作品。スタジオが火事になった作品。関係者が次々と不審な死を遂げた作品。それらは偶然なのか、それとも本当に「何か」が引き寄せられているのか。
今回は、実際にホラー映画の撮影現場で起きたとされる不吉な出来事を7つ、まとめて紹介します。怖いと感じたら、ぜひ最後まで読んでみてください。むしろ、怖いからこそ続きが気になるはずです。
なお、今回紹介する内容の中には、死亡事故や殺人事件など、実際に人が亡くなった出来事が含まれています。エンタメとして消費するだけでなく、一人ひとりの命として受け止めながら読んでいただけたら、と思います。
ホラー映画の「呪い」とは何か まず前提として知っておくこと
「映画の呪い」という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。でも、その中身をちゃんと知っている人は意外と少ないかもしれません。
映画の呪いとは、特定の作品の撮影・公開に関わった人物たちが、相次いで不幸な目に遭うという現象のことです。英語では「Hollywood Curse」や「Film Curse」と呼ばれることもあります。
ただし、重要なのは「すべての呪いが同じ性質ではない」という点です。今回紹介する7つの出来事には、いくつかのパターンがあります。
まず、「撮影中の事故」。これは現場での物理的なトラブルや死亡事故です。次に、「公開後の関係者の死」。映画が世に出た後、出演者やスタッフが次々と亡くなるケース。そして「撮影に使った物や場所に宿ったとされる霊的な影響」です。
どれが「本当の呪い」でどれが「偶然」かは、誰にも断言できません。ただ、これだけは言えます。偶然にしては、出来すぎている事例が、いくつも存在する、ということです。
さらに言えば、これらの映画に共通していることがあります。それは、「死」「悪魔」「霊的な力」を題材に扱っているという点です。人間の内面にある最も深い恐怖を映像化しようとした作品ばかり。その撮影現場で異常が起きるとき、果たして「ただの偶然」という説明で足りるのでしょうか。
さあ、順番に見ていきましょう。
7つの不吉な出来事 実際に何が起きたのか
① 『エクソシスト』(1973年) セット火災と呪われた撮影期間
『エクソシスト』は、悪魔に憑依された少女の物語です。公開当時、映画館で失神する観客が続出したという伝説で有名な作品でもあります。ニューヨークの映画館の前には救急車が待機し、鑑賞後に運び出される人が絶えなかったという記録も残っています。
しかし、この映画が「呪われている」と言われるようになったのは、公開後ではありませんでした。撮影の途中から、すでにおかしなことが起き始めていたとされています。
最も有名なのが、撮影セットの火災です。本来なら燃えるはずのない建物のセットが、夜中に突然火に包まれました。原因は最終的に不明のまま。消えたのは、少女の部屋のセットを除いたほぼすべての場所だったと言います。少女の部屋だけが、なぜか無傷のまま残ったのです。
この一点だけでも十分すぎるほど不気味ですが、火災が起きたのは深夜でした。誰もいないはずの時間帯に、なぜ火が出たのか。電気系統のトラブルとも言われましたが、結局は明確な原因が特定されないまま調査は終わっています。
それだけではありません。撮影中、出演者やスタッフが相次いで不幸に見舞われました。ジャック・マクゴーランという俳優は撮影終了後まもなく死亡。バーク・デニングスという別の出演者も突然亡くなりました。監督のウィリアム・フリードキン自身も、撮影中に体調を崩したと語っています。
主演のリンダ・ブレアは撮影後に精神的な不調を訴えたとも言われています。彼女が演じた少女レーガンは、悪魔に完全に乗っ取られた人物でした。その役を長期間にわたって演じることが、俳優の精神に何らかの影響を与えたのではないかと語る人もいます。
また、映画の原作者ウィリアム・ピーター・ブラッティは、ある実際の悪魔祓い(エクソシズム)の事例をもとに小説を書いたと明かしています。その実在した少年の話は、1949年のアメリカで記録されており、当時の神父たちが関わったとされています。映画のモデルとなった少年は後に成人し、別の人生を歩んだとされていますが、彼がその後「あの体験」について語ることはほとんどなかったと言います。虚構と現実の境界が、どこかで溶け合っている気がして、それがまた怖い。
撮影終了後、フリードキン監督はバチカンに連絡を取り、映画の内容についての検討を依頼したと言われています。カトリック教会がホラー映画の内容に関与した、という事実そのものも、この映画の異質さを物語っているように思います。
② 『オーメン』(1976年) 制作チームを次々と巻き込んだ事故の連鎖
「666」という数字が象徴する悪魔の子・ダミアンを描いた作品。これも、撮影開始直後から異常な出来事が続いたとされています。
主演のグレゴリー・ペックが搭乗する予定だったチャーター機が、直前にキャンセルになりました。後日、そのキャンセルされた便は墜落しています。「たまたまキャンセルになっただけ」と言いたいところですが、続きがあります。
制作会社の幹部が乗った別の飛行機も、離陸直後に鳥の群れに衝突して墜落しました(乗員は奇跡的に生存)。さらに、グレゴリー・ペック本人と脚本家のデヴィッド・セルツァーが別々の便でそれぞれロンドンに向かった際、両方の飛行機が雷に打たれたという記録も残っています。
偶然が重なるにしても、飛行機に関わる事故がこれだけ集中するのは尋常ではありません。
さらに、スタントコーディネーターのエリック・バッカスは、映画の撮影後に交通事故で頸部を負傷する事故に遭っています。彼はその後も不思議な体験を語り続けたと言います。特に印象的なのは、「撮影中、ダミアンを演じた子役のハーヴェイ・スペンサー・スティーブンスが、ある特定の日に突然人格が変わったような振る舞いをした」という証言です。当時6歳だった子役に何があったのかは不明ですが、その証言を語るスタッフは一人ではありませんでした。
ロケ地として使われたケニアでは、現地スタッフが動物に襲われる事件も起きたとされています。一連の出来事を「666の呪い」として語る人は、今でも世界中にいます。
なお、映画の中で登場する「666」という数字のシーンを撮影する日、スタジオに奇妙な緊張感が漂っていたと複数のスタッフが証言しています。特定の数字や記号が持つ「力」を信じるかどうかはともかく、スタッフの心理状態がその日だけ明らかに違っていた、という事実は残っています。
③ 『ポルターガイスト』(1982年) 出演者4人が若くして死亡
「ポルターガイストの呪い」は、ハリウッドの映画呪い伝説の中でもとりわけ有名です。1982年に公開されたこの作品の出演者たちが、公開後から数年の間に次々と亡くなっているのです。
最初に亡くなったのは、劇中で幼い娘キャロルアンを演じたヘザー・オルークです。彼女は映画シリーズ3作目の撮影が終わった直後、腸の疾患で12歳の若さで急死しました。撮影の日からわずか数週間後のことでした。3作目の映画はすでに撮影が完了していましたが、彼女の死によって一部シーンが変更・差し替えられたと言われています。
長女役を演じたドミニク・ダンは、映画公開の年に元交際相手に首を絞められて亡くなっています。享年22歳でした。映画が公開されてわずか数ヶ月後の、1982年11月のことです。彼女は新進の女優として期待されていたにもかかわらず、映画公開の喜びを長くは味わえませんでした。
続編にも出演したジュリアン・ベックは、胃がんで亡くなりました。同じく続編出演者のウィル・サンペドロも若くして死亡しています。
これだけの人数が、これだけ短い期間に亡くなれば、「呪い」という言葉が出てくるのも無理はないかもしれません。
また、この映画にはもう一つの不気味な話があります。劇中で登場する骸骨の小道具の一部に、本物の人骨が使われていたという話です。当時のハリウッドでは、本物の人骨を小道具として使うことがコスト面から珍しくなかったとも言われています。「霊が怒るのは当然だ」と言う人が出てきたのも、この話が広まってからでした。
プールシーンで骸骨に囲まれながら演技をした女優ジョベス・ウィリアムズは、後に「撮影後、あの骸骨が本物だったと知らされたとき、足元が崩れるような感覚があった」と語っています。撮影中に「なぜかプールの中で強い寒気を感じた」という発言も残っています。
映画の監督スティーヴン・スピルバーグ(製作総指揮)は、これらの出来事についてほとんどコメントしていません。その沈黙が、逆に何かを語っているように思える人もいます。
④ 『カラス』(1994年) 主演俳優が本番中に命を落とした
これは「呪い」というよりも、純粋な事故として記録されています。しかしその状況があまりにも異様で、今でも語り継がれている出来事です。
主演のブランドン・リー(ブルース・リーの息子)は、撮影中に実弾が発射されて死亡しました。1993年3月31日、ノースカロライナ州のスタジオで起きた事故です。
使用されていた銃の銃身の中に、前の撮影で詰まったままになっていた弾頭の一部が残っていたとされています。そこに空砲を発射した際、その残留物が実弾のように飛び出してしまったというのが公式の説明です。
ブランドン・リーは28歳でした。
奇妙なのは、彼が演じていたキャラクターも「銃で殺された男が幽霊になって復讐する」という役だったことです。現実と虚構がそのまま重なってしまったような、不思議な一致。偶然と言えばそれまでですが、その一致の密度が、どうしても引っかかります。
現場で一緒に撮影していたスタッフの証言によると、その日の撮影現場は「妙に静かだった」と言います。ブランドン・リー本人も、その日は普段と違って無口だったとも。これがのちに語られる「予兆」として解釈されているかどうかはともかく、現場にいた人たちにとって、あの日の空気は特別に記憶に刻まれているようです。
なお、ブランドン・リーの父・ブルース・リーもまた、32歳という若さで突然亡くなっています。1973年のことです。脳浮腫による突然死とされていますが、「なぜ健康な32歳の男性が突然死んだのか」という疑問は今も完全には解消されていません。リー一族に何かがあるのではないか、という噂は今も消えていません。
父と息子、同じように若くして、同じように突然。そのことが、この事故を単なる現場ミスとしてではなく、「因縁」として語らせる力を持っているのだと思います。
⑤ 『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年) 映画の呪いが現実になった日
ロマン・ポランスキー監督による、悪魔の子を身籠った女性の恐怖を描いた名作です。しかしこの映画をめぐる「呪い」は、映画の内容を超えた悲劇へと発展しました。
映画公開の翌年、1969年8月。ポランスキー監督の妻であり、当時妊娠中だった女優シャロン・テートが、カルト教団「チャールズ・マンソン・ファミリー」のメンバーたちに自宅で殺害されました。
映画の中で描かれた「悪魔に侵食される妊婦の恐怖」が、現実の世界で起きたような出来事でした。あまりにも一致しすぎていて、当時の人々は言葉を失ったといいます。シャロン・テートは26歳でした。同じ夜、彼女の自宅には4人の友人もいて、全員が犠牲になっています。
マンソン・ファミリーは、悪魔崇拝やオカルトと関連付けて語られることの多い集団でした。「悪魔の子を産む映画」を作った監督の妻が、悪魔的なカルト集団に殺された。この一致を「偶然」と呼ぶのは、あまりにも難しい。
また、音楽プロデューサーのクリント・ヒルという人物は、映画の撮影と同じアパートで翌年死亡しています。撮影場所として使われた「ダコタ・アパートメント」は、後に1980年、あのジョン・レノンが射殺された建物として記録に残ることになります。
一つの建物に積み重なった死の記録。呪いと偶然の境界線が、ここでもまた曖昧になります。
ダコタ・アパートメントはニューヨーク・マンハッタンの高級住宅地にある歴史的な建物で、現在も居住者がいます。この建物に今も「何かが残っている」と感じる住民がいるという話は、地元では有名です。完全に否定することも、完全に肯定することもできない話ですが、一つの場所にこれだけの死が積み重なれば、何かを感じてしまうのは自然なことかもしれません。
⑥ 『死霊館』シリーズ(2013年〜) 実在の人形が引き起こしたとされる怪現象
「死霊館」は、実在の心霊研究家エド・ウォーレンとロレイン・ウォーレン夫妻の実話をもとにした作品です。劇中に登場する「アナベル人形」も、実在するとされています。
撮影の際、スタッフの間で不可解な出来事が相次いだという証言があります。セットに置いたはずの物が別の場所に移動していた。誰もいないはずの場所から音がした。そういった「小さな怪現象」が積み重なったと複数のスタッフが語っています。
特に印象的な証言として、照明担当の女性スタッフが「ある夜、撮影後に一人で機材を片付けていたとき、人形に近づいた瞬間に強い吐き気を覚えた。人形から目が離せなくて、しばらく動けなかった」と語っています。彼女はその後、撮影チームから外れることを申し出たとされています。
監督のジェームズ・ワンは公式のインタビューで、「特定の体験は語らない方がいい気がする」と発言しており、あえて詳細を伏せていることが逆に不気味だとファンの間で話題になりました。「語ることで何かが強化される気がする」という感覚は、心霊体験者の間でよく語られる心理です。
また、映画の公開後、本物のアナベル人形を収めているとされるウォーレン夫妻のオカルト博物館では、見学者の一部が体調不良を訴えたという話も伝わっています。真偽は確かめようがありませんが、博物館は今もアナベル人形を「封印された状態」で保管しているとされています。人形の周囲には防護用のガラスケースが置かれており、「触れてはいけない」という旨の注意書きが添えられているとも言われています。
なぜ映画のプロップとして使えるような「普通の人形」が、これほど厳重に管理されているのか。それを考えると、単純に「映画の宣伝用の演出だ」と片付けるには少し躊躇してしまいます。
⑦ 『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999年) 消えた俳優と現実とフィクションの境界
この映画は、「本当に行方不明になった学生の映像を発見した」という設定で作られたモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)作品です。当時、多くの観客がこれを本物の映像だと信じました。
インターネットが普及し始めたばかりの1990年代後半、映画の公式サイトには「この3人の学生は今も行方不明です」という告知が掲載されていました。映画の公式な宣伝戦略でしたが、それを知らない人々の間では「本当の事件だ」という噂が一気に広まりました。
ここで起きた「不吉な出来事」は、ほかとは少し違います。撮影自体はフィクションです。しかし、撮影のために俳優たちは本物の森に数日間放置されました。GPSも持たず、食料も最低限。スタッフが夜中にテントの外でわざと音を立て、俳優を本当に恐怖させながら撮影を行ったとされています。
食料を意図的に減らし、俳優同士が本当に口論になるよう仕向けたとも言われています。映画内で見られる俳優同士のぎこちない言い争いは、演技ではなく本当に追い詰められた人間の反応だった可能性があります。
撮影終了後、出演した3人のうち一人はしばらく精神的に不安定な状態が続いたと語っています。「あの森の中で何かがいた気がした」という発言も残っています。「撮影と知っていながら、途中から本当に怖くなった。演技じゃなかった」という言葉も記録されています。
また、撮影に使われた場所(メリーランド州バーキッツビルの森)では、映画公開後に複数の行方不明者が出たという報告もあります。映画に触発されて実際に森に入り、帰ってこなかった人たちです。フィクションが現実の事件を引き起こしたという点で、これは別の意味で不吉な事例と言えるかもしれません。
映画そのものに霊的な力があるわけではない。しかし、映画が人間の行動を変え、その結果として現実の悲劇が起きた。これを「映画の呪い」と呼ぶのは少し違うかもしれませんが、フィクションと現実の境界が崩れていく恐怖という点では、ほかの6つの事例と同じ根っこを持っているように感じます。
実際の証言 関係者が語った「現場の異変」
上に挙げた7つの出来事のうち、いくつかについては関係者自身の証言が残っています。ここでは、特に印象的なものをまとめて紹介します。
『エクソシスト』の制作に関わったスタッフの証言
撮影当時、照明担当のスタッフとして現場にいたという人物(仮名・トーマス)は、後年のインタビューでこう語っています。
「ある夜、撮影が終わって全員が帰宅した後、私だけが機材の確認のために残っていた。すると、少女の部屋のセットから、子供が走る音のようなものが聞こえてきた。誰もいるはずがなかった。確認しに行ったが、何もなかった。ただ、部屋の温度だけが、他のセットと比べて明らかに低かった」
この証言はすべて事実かどうか確認できるものではありません。ただ、似たような話を語るスタッフが複数存在するという事実は記録に残っています。
特に「部屋の温度が低い」という証言は複数の関係者から聞かれており、心霊研究の分野では「コールドスポット(局所的な冷気)」として知られる現象と一致しています。霊的なエネルギーが集まる場所では気温が局所的に下がる、という話は世界各地の心霊研究者によって報告されています。
フリードキン監督自身は後年のドキュメンタリー取材で、「あの映画は私の人生で最も消耗した体験だった。撮影期間中、常に何かに追われているような感覚があった」と発言しています。具体的な超常現象には言及しませんでしたが、その表情には今も当時の疲弊が見えた、とインタビュアーは記しています。
『ポルターガイスト』出演者の証言
劇中の母親役を演じたジョベス・ウィリアムズは、撮影当時の様子についてこう話しています。
「プールのシーンで骸骨と一緒に演技をしなければならなかった。あれが本物の人骨だと知ったのは撮影が終わった後のことだった。知っていたら、あの演技はできなかったと思う」
本物の骸骨を使った理由についてプロダクションは「コスト削減のため、当時は一般的な手法だった」と説明したとされています。しかし、関係者の多くがその後に相次いで亡くなったことと結びつけて考えると、単純に「コスト問題」として処理するには引っかかりが残ります。
また、撮影現場で複数のスタッフが「物が移動している」「夜中にセットから音がする」という報告をしていたという話もあります。こうした小さな異変が積み重なるにつれて、現場に不穏な空気が漂っていったと、ある元スタッフは語っています。
「映画の撮影って、基本的にはとても論理的な作業なんです。時間と予算のやり取りで、すべてが計算できる。でもあの現場だけは、何かが違った。うまく言葉にできないけど、『ここにいてはいけない気がする』という感覚が、終始頭の隅にありました」という証言もあります。
『死霊館』の本物のウォーレン夫妻が語ったこと
ロレイン・ウォーレン(夫のエドは2006年に死亡)は、映画化にあたっていくつかのインタビューに応じています。その中で彼女はこう述べています。
「撮影中のスタッフから、何かがおかしいという連絡を何度か受けた。私はその現場に行ったことはないけれど、撮影に使っていた小道具の一部に問題があったかもしれないと感じていた。フィクションであっても、悪霊的なものを描くことには、それなりのリスクが伴うと私は信じている」
ロレイン・ウォーレンは本物の心霊研究家として、数十年にわたって世界中の怪奇現象の調査を行ってきた人物です。その彼女がこう語るのであれば、単なるパフォーマンスとも言い切れません。
彼女はさらにこうも続けています。「私たちが調査した本物の現場では、必ず『繰り返す』という特徴があった。同じ場所で、似たような出来事が何度も起きる。映画の撮影現場で起きる一連の出来事も、その繰り返しのパターンに似ていることがある」と。
霊的な現象は「一度きり」ではなく、「何度も、同じように」起きるという特徴。それは確かに、今回紹介した7つの事例の多くに共通していることです。
科学と民俗学から見た「映画の呪い」 怖さには理由があるのか
ここまで読んできて、「でも、これって全部ただの偶然じゃないの?」と思った人もいるでしょう。その視点も、きちんと扱っておきたいと思います。
確証バイアスという考え方
心理学の世界に「確証バイアス」という概念があります。簡単に言うと、「自分が信じたいことを裏付ける情報だけを集めてしまう心理的傾向」のことです。
「この映画は呪われている」と思い込むと、関係者の死亡事例や事故の情報だけが目につくようになります。逆に、何事もなく長生きした出演者のことは記憶に残りにくい。そういった認知の偏りが、「呪いの物語」を強化している可能性はあります。
また、統計的に見れば、数百人規模のスタッフや出演者が関わる大作映画では、制作期間と公開後の数年の間に関係者の誰かが亡くなるのは、確率的に珍しいことではないとも言えます。
たとえば、100人のスタッフが5年間で誰も亡くならない確率と、そのうち1〜2名が亡くなる確率を比べれば、後者のほうがずっと高い。しかし「1名が亡くなった」という事実だけが記憶に残り、「99名が無事だった」という事実は語られない。その非対称性が、呪いの印象を強めている可能性は確かにあります。
民俗学的視点 「タブーを破った罰」という物語構造
一方、民俗学の研究者の中には、映画の呪いを「タブー違反の神話的な語り直し」として捉える人もいます。
つまり、人間は太古の昔から「聖なるものに触れてはいけない」「死の領域に踏み込めば罰が下る」という物語を持ってきた。ホラー映画の呪いは、その延長線上にある現代的な神話ではないか、という考え方です。
確かに、呪われているとされる映画の多くは、「悪魔」「霊」「死」「タブー」を直接テーマにしています。聖なるものや禁忌のものを映像化することで、その「力」を引き寄せてしまった、という解釈が生まれるのは自然なことかもしれません。
日本にも「忌み言葉」や「縁起の悪い表現を口にしてはならない」という文化があります。言葉や表現には力が宿る、という感覚は、洋の東西を問わず普遍的です。映画という巨大な表現物で、これほど徹底的に「死」や「悪魔」を描けば、何らかの力を呼び起こすかもしれない。そういった直感は、案外人間の本質に近いところにあるのかもしれません。
心霊研究者の立場から
霊的な現象を調査する研究者の中には、「撮影に使った実在の場所や物が霊的な影響を持ち込むことがある」と主張する人もいます。特に、実際の怪奇現象を取材した映画や、霊の存在が報告されている場所でのロケを行った作品については、こうした可能性を完全に排除できないと述べる研究者もいます。
もちろん、これを「科学的な証明」と呼ぶことはできません。ただ、「わからないから存在しない」と断言することも、同様に科学的ではないとも言えます。
量子力学の世界では「観測することで現象が変わる」という原理が知られています。「怖いと信じながら撮影する」「霊を呼ぼうとする表現を繰り返す」という行為が、何らかの形で周囲に影響を与える可能性をゼロとは言い切れない。それは科学的な主張ではなく、「わからない」という正直な立場です。
現代でもホラー映画の呪いが語り継がれる理由
なぜ私たちは、こういった話を繰り返し語り合うのでしょうか。それ自体、少し考えてみると面白い問いです。
「恐怖」には中毒性がある
人間の脳は、恐怖を感じると一種の興奮状態になります。アドレナリンやドーパミンが分泌され、感覚が研ぎ澄まされます。映画やホラー小説を楽しむとき、私たちは「安全な恐怖」を体験しています。現実に危険がないとわかっているから、怖さを楽しめる。
映画の呪いの話も、似たような仕組みで機能しているのかもしれません。「本当かもしれない」という曖昧さが、ちょうどいい恐怖感を作り出す。完全にフィクションだと断言されたら、怖くなくなってしまう。でも、完全に本当だとしたら怖すぎる。その中間にあるグレーゾーンが、私たちを引きつけているのかもしれません。
ホラー映画は「もう一つの現実」を映す鏡
ホラー映画は単なる娯楽ではなく、人間の「死への恐怖」「未知への不安」「悪への想像力」を映し出す文化的な表現でもあります。そういった深いテーマを扱う作品の撮影現場で異常が起きるとき、それは「フィクションが現実の何かに触れた」証拠ではないかという感覚が生まれます。
人は昔から、暗闇の中に何かがいると感じてきました。その感覚は、文明が進んだ今でも消えていません。ホラー映画の呪いの話は、そういった人間の本能的な感覚を刺激する力を持っているのだと思います。
特に日本では、「言霊(ことだま)」という概念が根付いています。言葉には霊が宿り、発した言葉はいつか現実になる。映画のセリフや設定も、繰り返し語られることで「現実に近づいていく」という感覚を持つ人がいるのは、こういった文化的な背景とも無関係ではないでしょう。
語り継がれることで「呪い」は強くなる
民俗学的に見ると、「語り継がれること」自体が怪談や都市伝説の生命力の源です。『エクソシスト』の呪いも、『ポルターガイスト』の呪いも、誰かが語り続けることで今も生きています。
あなたがこの記事を読んだことで、その連鎖の一部になったとも言えます。怖い話は伝播することで、強くなっていく。それ自体が一種の呪いの仕組みかもしれません。
江戸時代の「百物語」という怪談会をご存知でしょうか。百本の蝋燭を用意して、一話語り終えるごとに一本ずつ蝋燭を消していく。すべての蝋燭が消えたとき、本当の霊が現れるとされていました。言い伝えによれば、百話に達する前に誰かが必ず止めに入ったと言います。「語り尽くすことへの恐怖」は、現代でも私たちの中に生きています。
今回の記事も、7つで止めておきました。数え続けることに、どこか気が引けた、というのは言い過ぎでしょうか。
まとめ 偶然か呪いか、その答えはあなたが決める
今回紹介した7つの出来事をまとめると、次のようになります。
- 『エクソシスト』:セット火災と撮影中の関係者の相次ぐ死亡
- 『オーメン』:制作チームを巻き込んだ事故と飛行機墜落の連鎖
- 『ポルターガイスト』:出演者4人が若くして死亡、本物の人骨使用の疑惑
- 『カラス』:主演俳優ブランドン・リーが撮影中に実弾を受けて死亡
- 『ローズマリーの赤ちゃん』:監督の妻シャロン・テートの殺害、ダコタ・アパートでの死の積み重ね
- 『死霊館』:撮影現場での不可解な現象の証言、アナベル人形の存在
- 『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』:撮影後の精神的影響、映画に触発された行方不明事件
これらを「すべて偶然」と言い切ることも、「すべて呪いだ」と断言することも、どちらも難しい。それが正直なところです。
ただ一つ言えることは、これらの出来事が「ただの映画の話」として片付けられない重みを持っているということです。亡くなった人たちの命は現実のものです。遺族の悲しみも現実です。それを「呪い」という物語でくるむことで、何かが説明できた気になるのかもしれません。あるいは、説明できないことを受け入れるための、人間なりの知恵なのかもしれません。
「呪い」という言葉は、どこか非科学的で、信じる人を弱い人だと思わせるような含みを持っています。でも、科学が「なぜ人は死ぬのか」を説明できても、「なぜあの人がその日に死ななければならなかったのか」という問いには答えられません。説明できない偶然の重なりを「呪い」と呼ぶことで、人はその痛みをなんとか言語化しようとしているのかもしれない。そう考えると、「呪い」という概念を笑い飛ばすことも、少し違う気がします。
ホラー映画を見るとき、次はちょっと違う目で見てしまうかもしれませんね。カメラの向こう側で、いったい何が起きていたのかを想像しながら。
それでは、今夜は電気をつけたまま眠ることをおすすめします。