2008年7月、1枚の写真がインターネットを騒然とさせた。
砂浜に横たわる、犬ほどの大きさの死骸。毛はほとんど抜け落ち、皮膚は青灰色。前脚には鉤爪。そして何より目を引いたのが、その顔だった——哺乳類のはずなのに、口の先が鳥のくちばしのように尖っていたのだ。
発見場所は、ニューヨーク州ロングアイランドの東端、モントーク。世界有数の大都市からほど近いリゾート地の海岸に打ち上げられた「それ」は、いつしかこう呼ばれるようになる。
——モントーク・モンスター。
ネッシーでもビッグフットでもない。スマホ以前・SNS黎明期のインターネットが生み出した、いわば「ネット時代最初の怪物」だ。そして、この怪物の一番奇妙な点は正体ではない。死骸そのものが、誰にも検証されないまま消えてしまったことだ。
モントーク・モンスターとは?発見の経緯
2008年7月12日、地元の若い女性ジェナ・ヒューイットが友人たちとモントークのディッチ・プレインズ海岸を訪れ、砂浜の死骸を発見して写真に収めた。
写真に写っていた特徴はこうだ。
- 大きさは中型犬ほど
- 体毛はほぼ抜け落ち、皮膚は青灰色でなめし革のよう
- 前脚は細長く、指の先に鉤爪
- 上顎の先端が肉のない「くちばし」状に露出
- 歯は肉食獣のように尖っている
写真はまず地元紙に取り上げられ、そして同月末、ニュースブログのGawkerが「モントークに怪物の死骸が打ち上がった」と報じたことで一気に世界へ拡散した。テレビ局が押しかけ、掲示板は正体の推理で埋まり、「モントーク・モンスター」の名が定着するまで数日とかからなかった。
そして死骸は消えた
騒ぎが大きくなったとき、肝心の死骸はすでに海岸から消えていた。
発見者側の説明は「知り合いが持ち帰って、庭に置いてある」。しかしその後、死骸が公の場に出てくることは二度となかった。大学にも博物館にも持ち込まれず、DNA鑑定も骨格の検分も、一度も行われないまま。
つまりモントーク・モンスターは、残された数枚の写真だけがすべての怪物なのだ。検証可能な現物が存在しない——この一点が、以後どんな「正体説」も決定打になれない理由であり、同時にこの話が今も怪物譚として生き続けている理由でもある。
正体の仮説|くちばしの怪物は何だったのか
仮説①:アライグマの水死体(最有力)
科学者側からの本命はこれだ。英国の古生物学者ダレン・ネイシュは写真を分析し、四肢の長さの比率がアライグマとほぼ一致することを指摘した。
長く海水に浸かった哺乳類の死骸は、毛が抜け、皮膚が変色して膨らみ、生前とは別物の姿になる。「くちばし」に見えた部分は、腐敗で肉が落ちて露出した上顎の骨。そう考えると、歯の並びや頭の形もアライグマで説明がつく。げんに写真の死骸は、大きさもアライグマとちょうど釣り合う。
身も蓋もないが、もっとも筋の通った説だ。
仮説②:犬、あるいはコヨーテ
頭骨の形から、小型の犬やコヨーテの水死体だとする説もある。アライグマ説と本質は同じで、「水に浸かった哺乳類は化け物じみて見える」という現象の別候補だ。
仮説③:甲羅の取れたウミガメ
発見直後にネットで流行した説だが、これは生物学的にありえない。カメの甲羅は背骨や肋骨と一体化した「骨格そのもの」であり、甲羅だけ外れて中身が歩き出すことはない。そもそも写真の死骸には歯があるが、カメに歯はない。
仮説④:作り物・宣伝説
あまりに写真映えする死骸だったため、「ラテックス製の作り物では」「映画のバイラルマーケティングでは」という疑いも当時からささやかれた。しかし決定的な証拠は出ておらず、仕掛け人が名乗り出たこともない。
仮説⑤:プラム島の「実験動物」
そして、この事件を都市伝説たらしめた本命の陰謀論がこれだ。モントークと同じロングアイランド東端の沖合には、プラム島動物疾病センターという実在の政府研究施設がある。家畜の伝染病を研究するこの隔離された島は、昔から「秘密の生物実験が行われている」と噂されてきた場所だった。
「あの死骸は、プラム島から流れ着いた実験動物の成れの果てではないか」——地理的な近さも手伝って、この説はまたたく間に広まった。当局は否定しているが、検証すべき死骸そのものが消えている以上、噂を完全に消す手段は誰にもない。
なぜ「怪物」になれたのか|ネット時代の怪談の原型
冷静に並べれば、最有力はアライグマの水死体だ。それでもモントーク・モンスターが忘れられないのは、この事件が「ネットで怪物が生まれる型」を最初に完成させたからだと言える。
インパクトのある写真が1枚ある。現物は消えていて検証できない。近くに陰謀論の舞台装置(プラム島)がある。そして検証の速度より、拡散の速度のほうが圧倒的に速い——。
この構図は、その後の時代に何度も繰り返されることになる。実際、モントーク以降、世界各地の海岸に打ち上がった正体不明の死骸が「第2のモントーク・モンスター」としてニュースになる流れが定着した。腐敗して原形を失った漂着死骸はグロブスターとも呼ばれ、そのたびに専門家が「クジラの脂肪の塊です」と解説する、あの様式美だ。
モントーク・モンスターは、UMAの歴史が「森と湖の時代」から「タイムラインの時代」へ切り替わる、ちょうど境目に立っている。
まとめ|検証されなかった死骸だけが怪物になれる
- モントーク・モンスターは2008年7月、NY州モントークの海岸で発見・撮影された正体不明の死骸。くちばし状の顔で世界的に拡散した
- 死骸は「知人が持ち帰った」とされたのを最後に行方不明。科学的検証は一度も行われていない
- 最有力の正体は、腐敗して毛の抜けたアライグマの水死体(四肢の比率が一致)
- 沖合の実在施設・プラム島動物疾病センターと結びついた「実験動物流出説」が陰謀論として定着
- 「写真1枚+消えた現物+拡散」というネット怪物の型の元祖になった
もしあの日、死骸が大学の研究室に運ばれていたら、この名前は一週間で忘れられていただろう。検証されなかったものだけが、怪物になれる。モントーク・モンスターは、その法則をいちばんきれいに証明した存在なのかもしれない。
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