幽霊船の目撃記録|日本近海に現れる幽霊船の歴史と真相
霧の中に、船の影が見えた。
近づいてみると、人の気配がない。エンジン音もしない。ただ、波間に静かに漂っているだけ。
甲板に乗り込んでみたら、食事がテーブルに並んだまま。コーヒーカップには、まだ湯気が立っていた——。
こんな話、聞いたことがあるかもしれない。幽霊船、あるいはゴーストシップと呼ばれる現象だ。
世界中の海で、何百年も前から語り継がれてきた怪談がある。乗組員が忽然と消え、船だけが漂い続ける。そんな船が、日本近海でも何度も目撃されている。
「ただの事故だ」と言う人もいる。「霧の見間違いだ」と片付ける人もいる。でも、それだけじゃ説明がつかない出来事が、記録の中にいくつも残っている。
この記事では、日本近海で報告されてきた幽霊船の目撃記録と、その歴史的背景、そして現代の視点から見た考察をまとめた。読んでいると、少しだけ夜の海が怖くなるかもしれない。
幽霊船とは何か|基本的な定義と種類
幽霊船というのは、大きく分けて2種類ある。
ひとつは「乗組員が消えた船」。船体は無傷のまま漂っているのに、乗っているはずの人が一人もいないケース。荷物も食料も残っている。なのに、人だけがいない。これが最も「怖い」とされるタイプだ。
もうひとつは「実体のない船」。霧の中や夜の海に、船の幻影が現れる。近づいても何もない。目撃者の目には確かに見えているのに、実際には船がそこに存在しない。こちらは幻視や蜃気楼と絡めて語られることが多い。
英語では「Ghost Ship」や「Phantom Ship」と呼ばれる。日本では「幽霊船」「亡霊船」などと呼ばれることが多い。歴史的には「もがり船」「迷い船」という言葉が使われた地域もある。
海の怪談の中でも、幽霊船は特別な存在感を持っている。なぜかというと、「実際の記録が残っているから」だ。完全な都市伝説というわけではなく、新聞記事や海上保安庁の報告書、船員の証言として文書化されているケースが世界中に存在する。
日本でも、江戸時代から昭和・平成にかけて、幽霊船に関する記録は複数残っている。
幽霊船が怖い本当の理由
幽霊船がなぜそこまで人を惹きつけるのか。それは「答えが出ない」からだと思う。
普通の怪談は、「幽霊が出た」「何かが起きた」で終わる。でも幽霊船の話には、もっと具体的な「謎」がある。人はどこへ消えたのか。なぜ荷物を残していったのか。食事をしながら何があったのか。
謎が具体的なほど、人は怖くなる。そして「もしかしたら説明できるかも」と思うほど、余計に引き込まれる。幽霊船の話には、そういう構造がある。
海の上というのは、陸と違って「逃げ場がない」場所でもある。山の怪談なら山を降りれば帰れる。でも海の真ん中で怪異に遭ったら、どこにも逃げられない。そのどうにもならない閉塞感も、幽霊船が怖い理由のひとつだと思う。
昔の船乗りは「船は人間の世界と死者の世界の間を行き来するもの」として海を見ていた。大陸から離れれば離れるほど、そこは「人間のルールが通じない世界」だった。その感覚が、幽霊船伝説の土台を作ってきた。
日本近海の幽霊船|歴史的な記録と背景
日本は四方を海に囲まれた島国だ。昔から海上交通が盛んだったし、漁業も盛んだった。それだけ、海にまつわる怪異の記録も多い。
江戸時代の幽霊船伝説
江戸時代の文献には、「虚舟(うつろぶね)」と呼ばれる謎の乗り物に関する記録がある。1803年(享和3年)の記録として残っているのが、茨城県の常陸国の海岸に漂着した丸い乗り物と、中に乗っていたとされる謎の女性の話だ。
この「虚舟」は幽霊船というよりUFOの話として有名だが、「海から謎の乗り物が来た」という感覚は、幽霊船伝説と根っこが似ている。
それよりずっと昔の話では、平安時代の説話集にも「海で出会った謎の船」の話がいくつか記されている。漁師が沖に出ると、見知らぬ船が近づいてくる。声をかけると姿が消える。あるいは乗っているのが人ではなかった——そういった話だ。
当時の人々にとって、海は「あの世とこの世の境界線」だった。だから、海で出会う謎の船は、死者が乗る船、あるいは死者の世界から来た船として語られた。
江戸時代の怪談本にも、幽霊船に類した記述は散見される。たとえば「耳袋(みみぶくろ)」には海の不思議な出来事の記録が含まれており、奇妙な船を見たという話が収録されている。当時の江戸っ子にとっても、海の怪異は身近な恐怖だったようだ。
また、北前船が行き来した日本海沿岸では、嵐で行方不明になった船の幻が海に出るという言い伝えが各地に残っている。松前(現在の北海道)から大坂(現在の大阪)まで物資を運んだ商人たちの間で、「〇〇丸の幽霊船を見た」という話が語り継がれてきた。
日本海・東シナ海での漂流船問題
現代に近い話でいうと、日本海では昔から「漂流船」の問題がある。
特に問題になっているのが、北朝鮮からの漂流船だ。これは最近の話だけではなく、数十年前から繰り返し起きている。無人のまま漂流している木造船が、日本の海岸に打ち上げられる。中に人が残っていることもある。
こういった漂流船の中には、「幽霊船」と地元の人が呼ぶようなものもある。人の気配があるのに誰もいない、あるいは遺体があっても身元がわからない——そういった状況が、伝説的な幽霊船のイメージと重なるからだ。
これは人道的に深刻な問題でもあり、「怪談」として扱うべき話ではない。ただ、歴史的に日本近海がそういった漂流・漂着の舞台になってきたことは事実だ。
2010年代以降、能登半島や山陰地方の海岸では木造船の漂着が相次いだ。地元漁師の中には、「また幽霊船が来た」と口にする人もいたという。日常の言葉として「幽霊船」という言葉が使われている事実は、この伝説がいかに日本の沿岸文化に根付いているかを示している。
太平洋戦争と幽霊船
日本の幽霊船の歴史を語るとき、太平洋戦争は外せない。
戦時中、多くの船が撃沈された。乗組員ごと海に沈んだ船も多い。戦後しばらく、南洋の海域では、撃沈されたはずの船の幻が見えたという証言が複数残っているとされる。漁師や商船の乗組員が「あの辺りで昔の軍艦の影が見えた」と言い、地元の人がそれを怖がる——という話が、各地に残っている。
これは心理的なものが大きいという見方もある。戦争で亡くなった人への後ろめたさや悲しみが、目撃談という形で現れることがあると指摘する研究者もいる。
ただ、記録に残っている戦時の沈没船が今も海底に眠っているのは事実だ。その場所の近くで「何か見えた」という話が出ることも、珍しくはない。
特に沖縄近海は、太平洋戦争中に「鉄の暴風」と呼ばれた激しい戦闘が繰り広げられた場所だ。無数の軍艦と輸送船が沈んだ。今でもダイビングスポットとして沈没船が残っており、そのそばで「何か感じた」「見てはいけないものを見た気がした」という体験を語る人が後を絶たないとされる。海底に沈む船と、空を漂う幽霊船。この二つが地域の記憶の中でひとつに溶け込んでいることがある。
実際の証言・目撃情報・体験談
この章では、比較的記録に残っている目撃談や証言を紹介する。すべて「〜とされている」「〜という話がある」という形で受け取ってほしい。真偽の確認が難しいものも含まれている。
昭和期・北陸沖の目撃談
昭和30〜40年代、北陸沖の漁師の間でよく話されていたとされる話がある。
夜の海に出ると、灯りを持った船が遠くに見える。同じ方向に向かっているのか、ずっと同じ距離を保ったまま並走してくる。話しかけようとすると、ふっと消える——。
「狐火(きつねび)みたいなもんだ」と言う漁師もいたという。ただ、「あれは船の形をしていた」という証言も残っているとされる。
北陸の海岸地帯には「ヒトダマ」「ウミダマ」といった言葉が残っており、海面で光る火の玉を死者の魂として語る習慣があった。これと幽霊船のイメージが混ざり合って語り継がれた可能性がある。
石川県の漁師町で年配の方に聞いた話として、こんなものがある。昭和40年代の話だという。父親が漁に出た夜、帰りが遅くて心配していたら、「変な船を見てしまったから岸に戻るのが怖くて待っていた」と言って帰ってきた。どんな船だったか聞いたら、「灯りが三つついた船が、エンジン音もなしに近づいてきて、すぐ目の前で消えた」と。その父親は、それ以降、夜の一人漁を一切やめたそうだ。
沖縄近海の体験談
沖縄出身の漁師から聞いた話として、こんな証言が残っているという。
ある夜、漁に出ていたところ、前方に見慣れない大型船が止まっているのが見えた。灯りはついている。でも、船の上に人影がない。エンジン音もしない。近づいてみると、船体が古く、錆だらけだった。甲板に上がってみると、食事の道具や寝具が散らかったままになっていた。でも、誰もいない。
不気味に思って引き返した翌朝、同じ場所に戻ってみると、船の影も形もなかった——というものだ。
この手の「消えた船」の話は、沖縄・奄美・九州沖にいくつか類似した話がある。沖縄の海は歴史的に多くの船が沈んでいる海域でもある。戦争の記憶と、もともとあった海の怪談が交差した形で語られることが多い。
沖縄には「ニライカナイ」という概念がある。海の彼方にある理想郷、または死者が渡る場所、という意味合いがある。この世界観の中では、海から来る謎の船は「ニライカナイ」からやってきた船として語られることがある。単なる恐怖の対象というより、「あの世からのメッセージ」として受け取られることもあるのが、沖縄の幽霊船伝説の特徴だ。
海上自衛隊・海上保安庁の内部で語られる話
これは「噂話」レベルの話だが、海上保安庁や自衛隊の関係者の間でも、「説明できない船影を見た」という話が語られることがあるという。
公式な記録として残ることはまずない。ただ、長年海で働いてきた人間が「あれは何だったのか、今でもわからない」と話す例がゼロではないとも言われている。
海の仕事をしている人間は、基本的に迷信を信じない人が多い。「幽霊なんていない」と割り切っている人が大半だ。そういう人が「あれは説明できなかった」と言うとき、少し重みが違う。
元海上自衛官から聞いた話として、訓練中に演習海域の外に明らかに古い型の船の影を見た、という話がある。報告しようとした段階で、レーダーには何も映っていなかった。「見間違いだったのかもしれないが、あの形は確かに船だった」と言っていたそうだ。公式には何もなかったことになっている、とも。
漁師から語り継がれた「乗ってはいけない船」の話
日本各地の漁村に伝わる話として、「沖に出たとき、知らない船に乗り込んではいけない」という言い伝えがある。
その船は幽霊船で、乗り込んだ者を連れていってしまう——というものだ。実際の話として語られているのが、ある漁師が沖で漂流し、偶然出会った船に助けを求めたが、その船に乗り込んだ後に行方不明になった、という話だ。
もちろん、単純な遭難・溺死として処理される可能性が高い。だが、地域の人々はそれを「幽霊船に連れて行かれた」と語り継いだ。
そういう語り方が、幽霊船伝説を生き続けさせてきた。
長崎県の五島列島には、「カタリの船」という呼び方が残っている地域があるという。霧が出たときや嵐の前後に現れる謎の船で、近づくと呼びかけてくる声がするが、乗り移ったら最後、二度と帰れないとされる。「声がするから近づいたら駄目だ」という言い伝えは、航海の危険を戒めた生活の知恵として語られてきた面もある。ただ、それを聞いたことがある地元の漁師は「昔の言い伝えだから」と笑いながら、「でも夜の霧の中で声が聞こえたら、絶対近づかない」と付け加えていたという。
岩手・三陸沖に伝わる「舟霊」の話
三陸沿岸には、「舟霊(ふなだま)」という考え方が古くから根付いている。船には魂が宿っており、それが船を守るという信仰だ。
その舟霊が船を離れたとき、船は漂流し、やがて幽霊船になる——という語り方が、三陸地方の漁師の間にあったとされる。船が難破する前に、明かりが消えたり妙な音がしたりするのは、舟霊が逃げていく前兆だ、という話だ。
2011年の東日本大震災後、三陸沖では多くの船が無人のまま漂流した。その状況を見た地元の人が「まるで幽霊船の群れみたいだ」と言った、という話を複数の人から聞いたことがある。現実の惨事と、長く語り継がれてきた伝説が、痛ましい形で重なった瞬間だった。
科学・民俗学の視点から見た幽霊船
「幽霊船なんて本当に存在するのか」と聞かれたら、現代の科学・民俗学の観点から言えば、「幻の船」として語られるものの多くは説明がつく、という立場が一般的だ。
ただ、「説明がつく」と「全部わかっている」は違う。
蜃気楼という説
海の上では、気温や湿度の差によって光が屈折し、実際にはない場所に物体が見えることがある。これが蜃気楼だ。
有名なのは「浮島現象」と呼ばれるもので、遠くの島や船が空中に浮かんで見える現象だ。これが「実際には存在しない場所に船が見えた」という体験の一因になることがある。
富山湾は蜃気楼の名所として知られているが、ここで報告される幽霊船の目撃談と、蜃気楼の発生条件が重なることがあるとされる。
ただし、蜃気楼で「船の内部の様子まで見えた」というケースは説明しにくい。蜃気楼はあくまで遠くの物が歪んで見える現象であり、存在しない細部が見えるわけではない。
蜃気楼の中でも特殊なタイプとして「ファタ・モルガーナ」と呼ばれる現象がある。複数の物体が重なって見えたり、縦に引き延ばされたり、まったく異なる形に見えたりする蜃気楼だ。これが発生すると、普通の船が「城のような巨大な幽霊船」に見えることがある。実際にこれを幽霊船と勘違いした航海士の記録が西洋には残っており、日本近海でも同様のことが起きた可能性がある。
磁場・低周波音の影響という説
海の上では、特定の気象条件下で「インフラサウンド」と呼ばれる低周波の音が発生することがある。人間の耳では聞こえないが、体に影響を与え、不安感や恐怖感、幻視を引き起こすことがあるとされている。
これが「幽霊を見た」「船の幻が見えた」という体験につながっているという説がある。証明されているわけではないが、「人間の知覚が環境の影響を受ける」という観点から研究されているテーマだ。
また、海上の強い磁場が計器に影響を与え、方向感覚を失った航海者が「見知らぬ船に出会った」と感じるケースもあるという指摘がある。
18Hzの低周波は「幽霊周波数」とも呼ばれることがある。この周波数の音は人体の眼球を振動させ、視野の端に何かが見えるような幻覚を引き起こすことがあるとされる。嵐の前後に発生しやすいとも言われており、古来から「嵐の前に幽霊が現れる」という言い伝えが世界中にあることと、何らかの関係があるかもしれない。もっとも、この説は科学的にはまだ議論の余地がある。
民俗学の観点|「海は死者の領域」という世界観
民俗学の観点から見ると、日本の幽霊船伝説は「海=異界・あの世との境界」という世界観から生まれたものが多い。
日本の多くの地域では、死者の魂は海を渡って「あの世」に行くと信じられていた。あるいは、海の向こうに「根の国」「常世の国」があると語られた。
その世界観の中では、海で見える謎の船は「死者が乗る船」「あの世から来た船」として自然に解釈された。幽霊船の話は、この世界観が具体的な目撃談と結びついて語られる形で生き続けてきた、というのが民俗学的な見方だ。
柳田國男(やなぎだ くにお)の研究でも、日本各地の海にまつわる伝承として、「異界の船」「死者の乗る舟」のモチーフが繰り返し出てくることが指摘されている。
柳田は著作「海上の道」の中で、日本人の祖先が南方から海を渡ってきたという説を展開した。海は「文明の起源」であり、同時に「死後の魂が帰る場所」でもあった。この二重の意味が、幽霊船伝説の深さを生んでいるのかもしれない。
また、折口信夫(おりくち しのぶ)は「まれびと」という概念を提唱した。海の向こうから定期的に訪れる神や霊のことだ。漂着する謎の船や、沖に現れる幻の船は、このまれびとのイメージと結びついて語られることがある。怖い存在であると同時に、何らかのメッセージを持つ存在として語られるのも、この考え方からきている部分がある。
実際の漂流船という可能性
忘れてはいけないのが、「本当に無人の漂流船だった」という可能性だ。
船は、様々な理由で無人になって漂流することがある。嵐で乗組員が流された、船内で事件・事故が起きて全員が海に落ちた、あるいは救助を求めて全員が別の船に移ったが、もとの船だけが残った——などのケースだ。
世界的に有名な「メアリー・セレスト号事件」(1872年)は、乗組員が消えた状態で発見されたアメリカの商船の話だ。食事がテーブルに残り、荷物もそのまま。でも、誰もいなかった。この事件は今も謎のままとされており、幽霊船の代名詞的な事例になっている。
日本近海でも、こういった「実際の漂流船」が目撃され、それが伝説化したケースがあると考えられている。
2006年には、フィリピン近海で無人のまま漂流するタンカーが発見されたことがあった。乗組員の行方は不明のまま。荷物も書類も残っていた。調査が行われたが、最終的な結論は出なかった。こういった「現代の幽霊船事件」は、決して過去の話ではない。
日本近海でも、海上保安庁の記録には「無人漂流船を発見・曳航」という事例が年に数件含まれる。そのほとんどは後から原因が判明するが、中には原因不明のまま処理されるケースもある。こういった記録が、伝説と現実の境界を曖昧にしていく。
なぜ今でも語り継がれるのか|現代における幽霊船の意味
幽霊船の話は、インターネットが普及した現代でも語られ続けている。むしろ、動画や写真がSNSで拡散することで、以前より多くの人の目に触れるようになった。
なぜ、こんなに長く語り継がれるのか。
「消えた人間」という謎が解けないから
幽霊船の一番の怖さは「人がいないこと」だ。
船体が残っているのに、乗組員がいない。これは現実的に起きうる。でも、「じゃあどこへ行ったの?」という問いに完全な答えが出ないことが多い。
人間は「わからないこと」が怖い。答えが出ない謎は、時間が経っても怖さが薄れない。幽霊船の話が語り継がれるのは、この「謎が解けない」という構造があるからだと思う。
「消えた人間」というモチーフは、幽霊船以外の怪談にも繰り返し出てくる。山で行方不明になる話、村ごと消えてしまう話。人間は「人が消える」ことに対して、根本的な恐怖を持っているのかもしれない。海の幽霊船は、その恐怖を最も純粋な形で体現している話だと言える。
海への根源的な恐怖
海は、今でも人間が完全にコントロールできない場所だ。深海の95%以上はまだ人間が探索できていないとされている。広大で、深く、何が起きているかわからない。
その「わからない場所」から来た船の話は、どんな時代でも人の本能的な恐怖を刺激する。現代人も、海の前では同じ恐怖を感じる。だから、幽霊船の話は今でも怖い。
宇宙の話と似ている部分がある。宇宙も、人間がまだほとんど知らない場所だ。「宇宙の彼方から来た謎の物体」が怖いのと、「海の向こうから来た謎の船」が怖いのは、構造が同じだ。人間は「知らない場所から来たもの」を本能的に警戒する。それが怪談という形で語られる。
実際の事件と伝説が混ざり合う
幽霊船の話が特別なのは、完全なフィクションではないところだ。実際に「乗組員が消えた船」は存在する。実際に「無人で漂流する船」は発見される。
そこにフィクションや誇張が加わって語り継がれるのが、幽霊船伝説の形だ。「事実が核にある怪談」は、完全な作り話より怖い。
現代版幽霊船|SNS時代の新しい目撃談
最近では、SNSに「謎の船を見た」「無人の船が漂っていた」という投稿が定期的に話題になる。
中には「コンテナ船が霧の中で消えた」「漁港に知らない船が停まっていて、翌朝には消えていた」といった話もある。これらの多くは、後で普通の説明がつく。でも、投稿された瞬間は「幽霊船だ」として広がる。
人間が「怖い話」を求める気持ちは変わらない。だから、幽霊船のイメージは現代でも消えないし、むしろ新しい形で更新され続けている。
YouTubeには「幽霊船」と検索すると、実際に漂流船を発見した動画が複数ある。それを見た人が「本物の幽霊船だ」「心霊現象だ」とコメントする。一方で「単なる漂流船だ」「嵐で流されたんだろう」と冷静に指摘する人もいる。この議論自体が、幽霊船伝説が現代でも生きていることの証拠だと思う。
日本近海が「謎の多い海域」であること
もうひとつ、日本近海は世界的に見ても「特殊な海域」だという背景がある。
日本海溝・南海トラフなど、複雑な地形がある。気象条件も変わりやすい。歴史的に多くの船が沈んでいる。北方・南方どちらにも、他国の海域と接している。こういった条件が重なることで、「不思議な出来事が起きやすい海」というイメージが作られてきた面がある。
「龍の三角地帯」という言葉を聞いたことがあるかもしれない。フィリピン海に設定された、バミューダ・トライアングルの日本版ともいえる「謎の海域」だ。船や航空機が謎の失踪をするとされる。科学的には根拠の薄い話だが、こういったイメージも、日本近海と幽霊船伝説が結びつく背景のひとつになっている。
もっとも、バミューダ・トライアングルについても科学的な調査では「他の海域と事故率に有意な差はない」という結論が出ている。龍の三角地帯も同様だ。でも、そういう話はなかなか広まらない。「謎の海域」という物語の方が、人を惹きつける力が強いからだと思う。怖い話は、反証よりも強い。
幽霊船に出会ったら——現実的な対処と心構え
怪談の話ばかりしてきたが、現実的な話もしておきたい。
海で「無人の漂流船」を発見したとき、どうするのが正しいか。
発見したら海上保安庁に通報する
実際に無人の漂流船を見つけた場合は、海上保安庁(118番)に通報するのが正しい対応だ。勝手に乗り込んだり、曳航しようとしたりするのは危険だし、法的にも問題が生じる場合がある。
漂流船には、遺体が残っていたり、危険な物質が積まれていたりする可能性がある。また、廃船に見えても実は係留中の船だったということもある。まず通報、というのが基本だ。
「乗ってはいけない」という言い伝えの現実的意味
「幽霊船に乗り込んではいけない」という言い伝えは、迷信に見えて実は合理的だ。
無人の漂流船には、様々な危険がある。船体が破損して浸水している、有毒ガスが充満している、不安定で転覆しやすい——こういったリスクがある。昔の漁師が「幽霊船に乗ると連れていかれる」と言ったのは、実際に乗り込んで命を落とした人間を見てきた経験から来ている可能性が高い。
怪談には、生活の知恵として語られてきたものが多い。幽霊船の「乗るな」という言い伝えも、そういう側面があると思う。
海で「変なものを見た」と思ったとき
夜の海や霧の中で、見慣れない船影を見た場合。まず落ち着いて観察することが大切だ。
蜃気楼なら、しばらく見ていると形が変わったり消えたりする。本当の船なら、レーダーにも映るし、灯りのパターンが一定だ。焦って近づくのは危険なことがある。霧の中での衝突事故は今でも起きている。
「幽霊船かもしれない」と思うことより、「本当の船かもしれない」と思う方が、海の上では大切だ。見えている船が幻でも現実でも、どちらにせよ無闇に近づくのはリスクがある。
まとめ|幽霊船の話が残り続ける理由
幽霊船の話をまとめると、こういうことだと思う。
幽霊船には、いくつかの層がある。
まず「実際の漂流船・無人船」という現実の層がある。これは本当に存在する。今でも、世界のどこかで無人の船が発見されている。
次に「海にまつわる民俗的な世界観」の層がある。海=死者の領域、という考え方が、謎の船を「幽霊船」として解釈させてきた。
そして「人間の知覚の限界」という層がある。蜃気楼、低周波音、心理的な影響などが、「見えないはずのものが見えた」という体験を生み出す可能性がある。
この三つが重なることで、「幽霊船の目撃談」は生まれ、語り継がれてきた。
じゃあ、幽霊船は存在しないのか。
そうは言い切れない。少なくとも、「乗組員が消えた無人船」は実在する。その船を「幽霊船」と呼ぶかどうかは、言葉の定義次第だ。
「船の幻影が見えた」という体験も、今でも報告がある。それが何なのか、完全には解明されていない。
海は広い。深い。わからないことが多い。だから、幽霊船の話はこれからも消えないだろうと思う。
人間が海に出る限り、この伝説は生き続ける。新しい目撃談が生まれ、古い伝説が語り継がれ、それが混ざり合って次の世代に渡される。それが幽霊船という怪談の強さだ。
江戸時代の漁師も、昭和の漁師も、そして今この瞬間にも、誰かが霧の中で謎の船影を見ているかもしれない。その人が感じた「背筋が凍る感覚」は、時代を超えて同じものだと思う。
次に海を見たとき、霧の向こうに船影が見えたら——少しだけ、気をつけて。
それが本当の船かどうか、確認できる前に消えてしまうかもしれないから。
※この記事に含まれる目撃談・体験談は、民俗学的な記録・伝承・口伝などを参考にしたものです。すべての事象に科学的な裏付けがあるわけではありません。