1936年に絶滅したはずの動物が、今もタスマニアの森を歩いている

「絶滅した」という言葉は、ふつう終わりを意味する。

でも、フクロオオカミの話は違う。

最後の1頭が動物園で息を引き取ったのは1936年のこと。それからもう90年近くが経つ。なのに、今でも「見た」という人が後を絶たない。動画が出てくる。足跡が見つかる。専門家が「可能性はゼロではない」と口にする。

タスマニアの深い森の中に、絶滅したはずの生き物が今も生きているとしたら——。

そう考えた瞬間、背筋がざわっとした人もいるんじゃないかと思う。

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これは単なるUMAの話ではない。人間が「絶滅させた」生き物が、人間の知らないところでまだ息をしているかもしれない、という話だ。怖いようで、どこか希望のある話でもある。

今回は、フクロオオカミ(タスマニアタイガー)の謎に、できるだけ正直に向き合ってみようと思う。


フクロオオカミとは何か|タスマニアタイガーの正体

名前が多すぎる動物

フクロオオカミには、いくつかの呼び名がある。

「タスマニアタイガー」「タスマニアウルフ」「チラシン」「フクロオオカミ」。全部同じ動物のことだ。

正式な学名は「Thylacinus cynocephalus(チラキヌス・キノセファルス)」。意味は「犬の頭を持つ袋のある動物」。なかなかそのままな名前だ。

見た目はオオカミに似ているが、実はカンガルーやコアラと同じ有袋類(ゆうたいるい)だ。有袋類というのは、おなかに袋を持って子育てをするグループのこと。つまり、外見はイヌ科に近いのに、生物的にはカンガルーの仲間という、少し変わった生き物だ。

体長は1〜1.3メートルほど。背中から尻尾にかけて、トラのような縞模様がある。これがタスマニアタイガーという名前の由来だ。でも顔はどう見ても犬に近い。不思議な組み合わせの動物だ。

口が異常に大きく開くことでも知られている。映像を見ると、あごの開き方が他の動物とは明らかに違う。口角が耳に届きそうなくらいまで開く。研究者によれば、あごの可動域はほ乳類の中でもかなり広いほうだったという。

尻尾は根元から先まで硬く、ほぼまっすぐだ。他の有袋類のようにふさふさしてはいない。カンガルーのように尻尾で支えることもなく、どちらかというと体のバランスを取るための器官だったようだ。

走り方も独特だった。ギャロップではなく、独特のホッピングに近い動きをすることがあった。動物園で撮影された映像には、その不思議な動き方が記録されている。今見ても「これは何だろう」という感覚になる。

どこに住んでいたのか

かつては、オーストラリア本土やニューギニアにも広く生息していたとされている。でも約2,000年前から数が激減して、最終的にタスマニア島だけに残ったと考えられている。

なぜ本土から消えたのか、はっきりした理由はわかっていない。ディンゴ(野生のイヌ)が持ち込まれたことが原因という説が有力だが、確証はない。タスマニア島にはディンゴがいなかったため、そこだけで生き残ったのだろうとも言われている。

夜行性で、単独で行動することが多かった。狩りは夜中に行い、昼間は岩の陰や森の奥に隠れていた。かなりシャイな動物だったとも言われている。だからこそ、人目に触れにくかったのかもしれない。

タスマニア島は日本の九州とほぼ同じくらいの広さだ。でも人口は約55万人しかいない。しかも西部には手つかずの原生林が広がっており、舗装された道路すら通っていない地域が今でも存在する。そういう場所に入ろうとすれば、ヘリコプターか徒歩しかない。調査がいかに困難かが想像できる。

フクロオオカミが好んだ生息域は、こういった人が近づきにくい場所だったとされている。森と草地の境目、岩の多い丘陵地帯、川沿いの薄暗い茂みの中。そういった環境を好んで使っていたという記録が残っている。


なぜ絶滅したのか|人間が消した生き物の話

羊を食べる「害獣」として狩られた

19世紀、タスマニアに入植したヨーロッパ人たちは、フクロオオカミを「羊を食い荒らす害獣」として見ていた。

タスマニア政府は1888年に賞金制度を導入した。フクロオオカミを1頭仕留めるごとに報奨金が出る仕組みだ。成体には1ポンド、幼獣には10シリングが支払われた。

この制度によって、約2,000頭以上が20年足らずの間に殺されたとされている。

羊を本当に大量に食べていたのか、という点については、今でも疑問視する研究者もいる。実際のところ、フクロオオカミは顎の力が弱く、大きな獲物を仕留めるのが得意ではなかったとも言われている。ワラビーや鳥が主食だったという見方が今は強い。

つまり、誤解と偏見で絶滅に追い込まれた可能性もある、ということだ。

入植者たちには、フクロオオカミがどんな生き物かを丁寧に観察する余裕も動機もなかった。「羊が減っている。あの縞模様の奇妙な生き物が怪しい」——それだけで、大規模な駆除が始まってしまった。

記録によると、羊の死骸の近くでフクロオオカミの足跡が発見されたことが「証拠」として使われることが多かった。でも後の研究では、フクロオオカミは死骸を漁ることも多く、実際に羊を殺したのかどうかは疑わしいケースも多かったとされている。

農場主たちにとっては「見た目が怖い」「夜中にうろついている」という理由だけで十分だったのかもしれない。人間が「害獣」というレッテルを一度貼ると、それを剥がすのがいかに難しいか、歴史はそのことを繰り返し示している。

最後の1頭「ベンジャミン」の死

1930年、野生での最後の個体が射殺されたと記録されている。

そして動物園に残っていた最後の1頭——通称「ベンジャミン」——が、ホバート動物園で1936年9月7日に死亡した。

記録によると、ベンジャミンの死因は管理のミスだともいわれている。外に出しっぱなしにされた夜に気温が急激に下がり、凍死に近い状態で亡くなったと伝わっている。

ベンジャミンが死んだとき、飼育員は翌朝になるまでそのことに気づかなかったという話もある。種の最後の1頭が、誰にも看取られず、夜の中で独り死んでいった。その事実はなんともやるせない気持ちにさせる。

その日——1936年9月7日は、のちに「タスマニアタイガーの日」として記念される日になった。

そして1986年、IUCN(国際自然保護連合)がフクロオオカミを「絶滅種」として正式に認定した。最後の目撃から50年が経ったころだ。

ちなみに、ベンジャミンが「オス」か「メス」かについても長い間論争があった。近年の研究で「メスである」という見方が強まっているが、確定はしていない。通称「ベンジャミン」という男性的な名前で呼ばれてきたのは、当時の飼育記録に基づいているが、その記録自体の正確性も疑われている。

でも、ここで終わらなかった

ベンジャミンが死んでから数年後、タスマニアの農家や森林作業員から、不思議な報告が届き始めた。

「森の中で見かけた」「夜中に鳴き声を聞いた」「足跡があった」——。

本当に絶滅したのか。それとも、人が踏み込めない深い森のどこかで、まだ生き続けているのか。謎はそこから始まる。

もし、賞金制度による乱獲が始まった時点で既に一部の個体が深い森に逃げ込んでいたとしたら、どうだろう。人間が追いかけにくい地形の中に、少数の群れが生き延びていたとしたら——。

数の少ない動物が人目を避けて生き延びることは、不可能ではない。それを支持する研究者が実際にいるのも、そういう可能性を完全には否定できないからだ。


実際の目撃証言・証拠・体験談|「見た」という人たちの話

絶滅後から続く目撃情報

フクロオオカミが絶滅宣言を受けてから今日まで、タスマニア政府には4,000件以上の目撃情報が寄せられているとされている。

全部が本物とは言えない。でも、全部が嘘とも言い切れない。

目撃者の多くは「変わった動物を見た」とは言わない。ほぼ全員が「あれはフクロオオカミだ」と確信を持って話す。しかも、その描写が妙に一致している。背中の縞模様、独特の動き方、硬そうな尻尾——。

知らない人が細部まで一致する証言を作り上げるのは、普通は難しい。

目撃情報を詳しく分析すると、いくつかのパターンが浮かび上がる。タスマニア西部の人里離れた地域での目撃が多い。夜明け前や黄昏時の薄暗い時間帯が多い。車のライトに照らされた、あるいは遠くから双眼鏡で見たというケースも多い。その多くが、「最初は別の動物かと思ったが、縞模様と尻尾の形でフクロオオカミだとわかった」という流れを持っている。

1982年、森林警備員の証言

1982年、タスマニアの森林警備員として働いていたハンス・ナーディング氏が証言を残している。

夜中に車で林道を走っていたところ、道路脇に見慣れない動物がいた。ライトに照らされたその姿を見て、彼は即座に「フクロオオカミだ」と確信したという。

縞模様のある背中、かたい尻尾、犬とも猫とも違う独特の立ち方。数十秒間、ライトに照らされながらその動物は動かず、やがてゆっくりと森の中に消えていったと伝わっている。

彼はプロの森林管理者だ。野生動物を見慣れている。その彼が断言したという事実は、無視しにくい。

ナーディング氏はその後も何度かインタビューに応じており、「見間違いの可能性はない。あれはフクロオオカミだった」という立場を一貫して変えていない。長年の観察経験を持つ自然管理の専門家が、これほど強く確信を持って語るケースは珍しい。

1985年の夫婦による目撃

1985年、タスマニア北西部を旅行していた夫婦が、車で走行中に奇妙な動物を目撃したという記録がある。

夫が先に気づき、妻にも「見て」と声をかけた。二人は数十秒間にわたり、道路脇に立っているその動物を観察した。体のサイズ、縞模様、独特の姿勢——二人の証言は細部まで一致していた。

この夫婦は後に「タスマニアタイガーのことを事前にほとんど知らなかった」と述べている。それにもかかわらず、後で写真を見せられた際に「これと同じ動物だった」とはっきり識別できた。事前知識がない人間の証言だからこそ、逆に信頼性が高いという見方もある。

カメラに映った「何か」

2016年には、タスマニア西部の森に設置されたカメラが、「フクロオオカミに似た動物」を撮影したとして話題になった。

映像は荒く、夜間撮影のためはっきりしない。でも、縞模様のある体と、独特の歩き方が映っているとして、専門家の間でも意見が分かれた。

「これはワラビーだ」という否定意見がある一方で、「ワラビーとは動き方が違う」という声も上がった。決定的な証拠にはならなかったが、議論に火をつけるには十分だった。

この映像を分析したある研究者は、「尻尾の形状と歩様が、既知のタスマニアの野生動物のどれとも一致しない」という見解を示した。映像の解像度の問題で断言はできないが、「排除できない」というコメントがメディアで広く引用された。

2019年、クイーンズランドでの目撃情報

少し驚くのは、タスマニア以外でも目撃情報があるという点だ。

オーストラリア本土——特にクイーンズランド州の内陸部で、「フクロオオカミに似た動物を見た」という報告が複数ある。

本土ではとっくの昔に絶滅したとされているにもかかわらずだ。

研究者の一部は「もしかすると、本土でもひっそりと生き残っている群れがいるかもしれない」という可能性を真剣に検討している。広大なオーストラリアの内陸部は、人が入り込めない地域がいまだに多い。完全に否定しきれない、というのが正直なところだ。

クイーンズランドの目撃情報には、牧場主や農業従事者からのものが多い。彼らは毎日自分の土地で野生動物を見ている。知らない動物が来れば気づく。その人たちが「見慣れない縞模様の動物がいた」と報告しているのだ。

ある研究者が語った「匂い」の話

オーストラリアの研究者が、フクロオオカミを追いかけてタスマニアの森を歩き回ったときのことを話してくれたことがある(あるドキュメンタリー番組の中での発言だ)。

「フクロオオカミがいたとされる地域に入ったとき、独特の動物臭を感じた。知っている動物の匂いとは違った。何かがいる、という感覚があった」というものだ。

もちろん、それだけで何かが証明されるわけではない。でも、「感覚として何かがいた」という証言は、意外と無視できないものだと私は思っている。

動物の痕跡というのは、視覚だけではない。匂い、音、草の踏まれた跡、木の枝に残った体毛。フィールドワークの経験者は、そういったものを総合的に読む。「いる気がした」という感覚には、意識に上らない多くの情報が含まれていることがある。

地元アボリジナルの人々が語り継ぐもの

タスマニアの先住民族、パラワ(またはパレアワ)の人々の間には、フクロオオカミにまつわる言い伝えが残っている。

彼らの口承伝承の中には、「縞模様の霊獣」の話が含まれているとされており、それが現代のフクロオオカミ研究者たちの関心を集めている。先住民の伝承は、長い時間をかけて実際の自然観察から生まれることが多い。

ヨーロッパ人が来る前から、パラワの人々はフクロオオカミと共存していた。彼らの生態知識は、科学的な記録よりずっと長い時間軸を持っている。その伝承が「完全に消えた動物」としてではなく、今でも存在するかのように語られるケースがあるという話もある。

民俗学的な観点から見ると、絶滅した動物の話と「今もいる動物」の話はニュアンスが違う。語り継がれる内容が現在進行形かどうか、というのは、ある種の手がかりになり得る。


科学は何と言っているか|DNA・調査・復活計画の現実

「絶滅していないかもしれない」と言う研究者たち

2020年、タスマニア大学の研究チームが興味深い発表をした。

「既存の目撃情報を統計的に分析した結果、フクロオオカミが絶滅していない可能性を完全には排除できない」というものだ。

あくまで「排除できない」という表現で、「生きている」と断言したわけではない。でも、世界的に権威のある研究機関がそういう発表をするのは、かなりインパクトがあった。

同チームは、目撃情報の質を評価するスコアリングシステムを作り、信憑性の高い目撃情報を絞り込む作業も行った。その結果として、「完全否定は難しい」という結論に至ったという。

このスコアリングシステムは、目撃者の経験値、観察時間、観察距離、照明条件、複数人かどうか、といった要素を数値化したものだ。単純な「見た・見なかった」ではなく、証言の信頼性を体系的に評価しようとする試みは、UMAや未確認生物の研究の中でもかなりまじめなアプローチといえる。

DNAから復活させる計画

「生きている可能性」とは別に、もう一つの話がある。

「絶滅したとしても、DNAから復活させよう」というプロジェクトだ。

シドニー大学と米国のコロッサル・バイオサイエンス社が共同で、フクロオオカミの「復活(デ・エクスティンクション)」プロジェクトを進めている。博物館に保存されていた標本からDNAを採取し、近縁種のフクロナンバットを代理母として使う計画だ。

技術的な壁は非常に高い。でも、すでにゲノム(遺伝子の全配列)の解読はほぼ完了しているという。

「10年以内に実現できるかもしれない」という声も出ているが、実際には予測が難しい。ただ、「絵空事ではなくなってきた」というのは確かだろう。

課題の一つは、DNAの「読み解き方」だ。ゲノムの配列がわかっても、それぞれの遺伝子がどう機能するかを理解していなければ、正確に復元するのは難しい。また、代理母として使うフクロナンバットとフクロオオカミでは、染色体の数も異なるため、胚の発育過程で何が起きるかも未知数だ。

それでも研究者たちは前に進んでいる。2023年には、フクロオオカミの胚発育に関わる重要な遺伝子の一部を特定したという発表もあった。小さな一歩ずつだが、確実に積み重ねられている。

センサーカメラと最新技術による調査

現在も、タスマニアの森には多数のセンサーカメラが設置されている。

これらのカメラは動体検知型で、動物が通ると自動で撮影する仕組みだ。タスマニア政府やいくつかの大学が連携して、広範囲に設置している。

今のところ、フクロオオカミと断定できる映像は撮れていない。でも、「断定できない映像」は複数ある。専門家が判断を留保しているものも含めると、その数は決して少なくないという。

技術が進めば、より詳細な分析ができるようになる。どこかのタイミングで、決定的な証拠が出てくる可能性は、ゼロではない。

最近では、AIを使った動物識別システムをカメラ映像の解析に使う研究も進んでいる。膨大な映像データを人間の目で確認するのは限界があるが、AIならば24時間・大量のデータを自動で処理できる。「フクロオオカミの特徴に近い動物を自動検出する」というシステムの開発が、複数の研究機関で進められているという。

また、環境DNA(eDNA)という技術も注目されている。水や土壌の中には、そこを通過した生き物のDNAの痕跡が残っている。これを分析することで、実際に動物を捕まえなくても、特定の場所に「誰がいたか」を調べられる。フクロオオカミの生息が疑われる地域の水源で、eDNA調査を行うプロジェクトも計画されているという話がある。


なぜフクロオオカミは語り継がれるのか|現代に与える意味

「絶滅」という言葉への疑問

フクロオオカミの話が今でも根強く語られる理由の一つは、「絶滅」という言葉に対する漠然とした違和感にあると思う。

私たちは「絶滅した」と聞くと、もうこの世のどこにも存在しないと感じる。でも実際には、広大な自然の中で、人間がすべての場所を確認できているわけではない。特にタスマニア島の西部は、今でもほとんど人が立ち入っていない原始の森が広がっている。

「見つかっていない」と「いない」は、本来は違う。フクロオオカミの話は、そのことをあらためて気づかせてくれる。

科学的には、ある種が「絶滅した」と判断されるのは「50年間目撃情報がなかった」というような基準による場合が多い。しかしこの基準は、よく見えない動物や、人間が入り込まない場所に棲む動物には不利に働く。フクロオオカミのようにシャイで夜行性の生き物は、「目撃されにくい」という特性そのものが、生存の証拠を残しにくくさせている。

人間が生み出した「幽霊」

もう一つの理由は、フクロオオカミが「人間が絶滅させた生き物」だという事実にある。

幽霊の話には、「殺された者が現れる」というパターンがある。恨みを残して死んだ者が、この世に留まって出没する——という構図だ。

フクロオオカミはまさに、人間に絶滅させられた生き物だ。それが今も目撃されている、という話は、その構図と不気味なほど重なる。

「私たちが消した生き物が、まだここにいる」——。その感覚が人を引きつけるのは、罪悪感のような何かが関係しているかもしれない。

日本にも同じような話がある。ニホンオオカミは明治時代に絶滅したとされているが、今でも山の中で「見た」という話が絶えない。人間の手で消えた動物が、深い森の中でひっそりと生き続けているかもしれない、という感覚は、洋の東西を問わず人々を惹きつける。

これを「ただの幻想だ」と片付けることは簡単だ。でも、なぜこれほど多くの人が、独立して、似た証言をするのか——という問いに対しては、「幻想」という一言では答えきれない部分がある。

タスマニアの「象徴」としてのフクロオオカミ

フクロオオカミは今でも、タスマニア州の紋章に描かれている。

ビールのブランドロゴにも使われているし、タスマニアの観光パンフレットにも登場する。絶滅したはずの動物が、地域のシンボルとして生き続けているのは、少し不思議な感じがする。

でも、それだけタスマニアの人々の心の中で、フクロオオカミは特別な存在なのだろう。

「もしかしたらどこかで生きているかもしれない」という希望が、シンボルとして使い続けることへの抵抗を消しているのかもしれない。

タスマニアの観光地に行けば、フクロオオカミのぬいぐるみや絵はがきがたくさん売られている。絶滅した動物のグッズを笑顔で売っている、というのは考えてみると不思議な光景だ。でも、地元の人々にとっては「消えた」という事実よりも「まだどこかにいる」という感覚のほうが、日常の感覚に近いのかもしれない。

「再発見」の前例がある

実は、「絶滅したとされていた生き物が再発見された」という事例は、世界にいくつも存在する。

有名なのは「シーラカンス」だ。7,000万年前に絶滅したとされていたが、1938年に南アフリカ沖で生きた個体が発見された。

「生きた化石」と呼ばれるこの発見は、科学界に衝撃を与えた。それまでの「絶滅した」という常識を一夜にして覆した。

フクロオオカミにも、同じことが起きる可能性はゼロではない——と考える人がいるのは、この前例があるからだ。

また、ベトナムやラオスでは1990年代に、サオラというウシ科の大型動物が新種として発見された。何十年も「知られていなかった」だけで、ずっとそこにいたのだ。

地球はまだ、人間が完全には把握していない生き物の棲み処になっているのかもしれない。

さらに身近な例では、2013年にインドネシアで「オリンゴ」という小型哺乳類の新種が発見された。それまで博物館の標本として保管されていたのに、「別の種だ」と誰も気づかなかったのだ。地球の生き物について、私たちはまだ驚くほど多くのことを知らない。

日本でも、2012年にニホンカワウソの目撃情報が愛媛県で確認されたとして話題になった。1979年を最後に絶滅したとされていた動物だ。最終的に「確証は得られなかった」という結論になったが、完全否定もできないとして調査が続いている。フクロオオカミと構図は非常に似ている。

「信じたい」という気持ちの正体

フクロオオカミが今でも語られる理由を突き詰めると、「信じたい」という気持ちに行き着く気がする。

絶滅させてしまったことへの後悔。まだどこかで生きていてほしいという願い。自然の広さへの畏敬(いけい)。人間の知識の限界への認識。

そういうものが全部まとまって、「もしかしたらいるかもしれない」という話を生き続けさせているんじゃないかと思う。

怖い話であると同時に、どこかほっとするような話でもある。それがフクロオオカミの話の不思議なところだ。

もし本当にフクロオオカミが今も生きているとしたら、それは奇跡に近い話だ。人間がどれだけ乱暴に自然を扱っても、生き物はしたたかに生き延びる。そういう話には、単なる動物目撃情報を超えた何かがある。希望という名の何かが。


体験談|「もしも出会ったら」を想像してみる

タスマニアを旅した人が感じたこと

タスマニアを実際に旅した人の話を読んでいると、「森の雰囲気が独特だ」という感想がよく出てくる。

日本の森とも、ヨーロッパの森とも違う。何か古いものが残っている感じ、という表現をする人が多い。原始的な、人間の文明が入り込む前の空気感——というような言い方をする人もいる。

そういう場所に入ると、「いるかもしれない」という気持ちが自然と湧いてくると言う人がいる。科学的な根拠とは関係なく、感覚としてそう感じる、と。

もちろん、それがフクロオオカミの存在を証明するわけではない。でも、「人間の直感」を完全に無意味と切り捨てるのも、どうだろうかと思う。直感には、意識に上らない多くの情報処理が含まれていることがある。

森番の男性が語ったこと

ある記録に、タスマニアで30年以上森林管理に携わってきた男性のインタビューが残っている。

彼は「フクロオオカミを見たとは言えない」と前置きしながらも、こう話していた。

「何度か、知らない動物の足跡を見たことがある。タスマニアデビルでもなく、クォールでもない。サイズも形も違う。でも、なんと言えばいいのか、そういうものが時々現れる」と。

彼はその足跡を写真に収めたが、後に「特定できなかった」という返答が返ってきたという。「特定できない足跡」が現れること自体、何かがいることの傍証ではないかと、彼は静かに言った。

大きな主張でも、劇的な証言でもない。でも、現場で長年働いてきた人間の静かな言葉には、ドキュメンタリーの派手な映像よりもずっとリアルな重みがある。


もし森でフクロオオカミに出会ったら

タスマニアに行くなら知っておいてほしいこと

タスマニアは観光地としても人気があり、日本からの旅行者も増えている。

もし運よく(?)フクロオオカミに似た動物を目撃したら、まず写真か動画を撮ることだ。証拠がなければ、誰も信じてくれない。

タスマニア州政府の自然保護機関(DPIPWE)には、目撃情報を報告できる窓口がある。報告は英語での記入が必要になるが、目撃した場所・日時・状況・動物の特徴などを記録しておくといい。

ちなみに、タスマニアでは「フクロオオカミ目撃情報マップ」のようなものを作っている研究者もいる。市民からの情報を集積して、生息可能性のある地域を絞り込もうとする試みだ。

目撃した場合、パニックにならないことも大切だ。フクロオオカミは臆病な動物だったと記録されている。大きな音を立てたり、急に動いたりすれば逃げてしまう可能性が高い。カメラを静かに構えて、できるだけ動かずに観察することが、証拠を残すために一番重要だ。

夜間に車でタスマニアの森道を走る場合、ヘッドライトを少し落として走ると、道路脇の動物を驚かせにくいという話もある。実際の目撃証言の多くが、車のライトに照らされた状況でのものだ。夜の運転中こそ、窓の外に注意を払う価値があるかもしれない。

日本にいる私たちにできること

海外まで行けない、という人も、フクロオオカミの話に関わる方法はある。

タスマニア大学が公開しているフクロオオカミ関連の学術論文を読むのも面白い。英語ではあるが、写真や図版が豊富なものも多い。

また、「タスマニアタイガー」の映像は博物館や研究機関が公開しているものもある。現存する映像の多くは1930年代に撮影されたもので、画質は荒いが、その動きは独特だ。「これがいなくなったのか」と思いながら見ると、少し心に刺さる。

コロッサル・バイオサイエンス社のフクロオオカミ復活プロジェクトは、公式サイトで進捗が公開されている。英語ではあるが、最新の科学がどこまで来ているかを追いかけるだけでも、かなり面白い。

そして何より、「絶滅」という言葉を安易に使わないことだ。フクロオオカミの話を知った後では、「〇〇が絶滅した」というニュースを聞いたとき、少し立ち止まって考えるようになるかもしれない。「本当に?」という問いを持ち続けることが、実は大切なことだったりする。


まとめ|フクロオオカミは今も「いる」のか

結論から言えば、「わからない」が正直なところだ。

でも、「絶対にいない」とも言えない。それが今の状況だ。

4,000件を超える目撃情報。複数の映像記録。信頼性の高い目撃者による証言。そして、「生存の可能性を排除できない」という研究者の声。

これだけの情報が積み重なっているにもかかわらず、決定的な証拠がない。それがフクロオオカミの謎を謎のまま保ち続けている理由でもある。

一方で、DNAからの復活プロジェクトは着実に前進している。10年後、あるいは20年後には、「絶滅したフクロオオカミをよみがえらせた」というニュースが流れるかもしれない。

そのときに、「実はずっと生き続けていた個体もいた」という事実が明らかになるかもしれない。それとも、「やはり絶滅していた」という答えが出るかもしれない。

どちらにしても、フクロオオカミの話は、人間と自然の関係について深く考えさせる。

私たちは「絶滅させた」という事実から目を背けることができない。同時に、「まだどこかにいるかもしれない」という希望を手放せない。その両方を抱えたまま、タスマニアの森は今日も静かに息をしている。

次の目撃情報が出たとき、それが決定的な証拠になるかもしれない。あるいはまた、「確認できなかった」という結論で終わるかもしれない。

でも、謎が続く限り、フクロオオカミはこうして語り継がれていくのだと思う。

絶滅した生き物の話なのに、なぜかまだ終わっていない気がする。それがこの話の、一番不思議なところだ。

タスマニアの西部、誰も入っていない森の奥深くで、今夜も何かが歩いているかもしれない。縞模様の背中を持った、硬い尻尾を引きずった、かつて「絶滅した」と呼ばれた何かが。

あなたはどう思うだろうか。

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