よう、シンヤだ。タロットカードって聞くと占いのイメージが強いだろ? でもあれ、もともとはただのゲーム用のカードだったって知ってた? そこからどうやって今みたいなスピリチュアルな存在になったのか、その変遷をたどっていくと、これがまた面白くてさ。

タロット占いの起源と進化|トランプゲームがスピリチュアルツールになるまで

タロットカードといえば、今やスピリチュアル文化の代名詞みたいな存在だ。占い師がカードをめくり、絵柄から運命を読み解く——そんなイメージが定着している。ところが、タロットの出発点は占いとまったく無関係だった。ただのカードゲームである。遊びの道具がどうやって神秘の象徴に変わったのか。その500年の道のりには、思いがけない人物たちの思惑が絡んでいる。

そもそもカードという存在自体が、東方から西方へ長い旅をしてきたものだ。紙のカードを使った遊びの起源は中国にあると考えられており、それがイスラム圏を経由してヨーロッパに入ったのは14世紀後半のこと。マムルーク朝エジプトで使われていたプレイングカード(マムルーク・カード)がヨーロッパに伝わり、各地で独自の発展を遂げた。スペードやハート、クラブやダイヤといったスーツ記号も、もとをたどればマムルーク・カードの杯・貨幣・剣・棒というスーツの翻案だ。タロットはこの流れの中から生まれた一つの変種であり、最初から何か特別な存在だったわけではない。

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タロットの誕生|15世紀イタリアのカードゲーム

トリオンフィ(タロッキ)

タロットカードが歴史に姿を現すのは、1440年代のイタリア北部でのことだ。ミラノ公フィリッポ・マリア・ヴィスコンティの宮廷で、職人たちが一枚一枚手彩色で仕上げた豪華なカードが制作された。このカードは現存しており、実物を見ることができる。当時は「トリオンフィ」(勝利)と呼ばれていた。通常のプレイングカードに22枚の「切り札」——のちに大アルカナと呼ばれるカード群の原型——を加えた、れっきとしたゲーム用カードだった。神秘もスピリチュアルも関係ない。貴族たちの娯楽である。

ヴィスコンティ家のカードは、金箔をふんだんに使い、当時の一流画家が手がけた芸術品だった。一組のデッキを作るのに相当な費用がかかったため、最初期のタロットは宮廷の富と権力を誇示するための贅沢品という側面も持っていた。後にヴィスコンティ家と姻戚関係を結んだスフォルツァ家のもとでも同様のカードが作られ、「ヴィスコンティ=スフォルツァ版」として知られる初期タロットが残っている。これらのカードに描かれた図像——教皇、皇帝、運命の輪、月、太陽——は、当時のキリスト教的世界観と古典的な寓意画の伝統をそのまま反映したもので、オカルト的な意図は微塵も感じられない。

大アルカナの図像はどこから来たのか

22枚の切り札に描かれた「愚者」「魔術師」「女教皇」「皇帝」「恋人」「戦車」「死神」「悪魔」「塔」「世界」といった図像は、中世からルネサンスにかけてヨーロッパで広く親しまれていた寓意的モチーフだった。「死の舞踏」(ダンス・マカブル)の伝統では骸骨が身分の高い者も低い者も等しく連れ去る姿が描かれたし、「運命の輪」は中世の教会壁画で定番の主題だった。つまり、大アルカナの絵柄は当時の人々にとって馴染みのある図像であり、何も神秘的なものではなかった。宗教画やモラル寓話の延長線上にあるものだ。

もう一つ指摘しておきたいのは、初期のタロットカードには番号すら振られていなかったということだ。22枚の切り札の順番が統一されたのはかなり後のことで、地域によって順序が異なるデッキが存在していた。「愚者の旅」と呼ばれるような、0番から21番まで一つの物語として大アルカナを読む解釈は、近代以降に作られたフレームワークである。もともとのカードにそのような意図はなかった。

ゲームとしての普及

タロッキ(タロット)ゲームはイタリアを出発点に、フランス、スイス、ドイツへと広がっていった。ここで面白いのは、これらの地域では今もタロットをゲームとして楽しむ伝統が生きていることだ。フランスでは「タロ」と呼ばれるトリックテイキングゲームが現役でプレイされている。日本人がタロットと聞いて思い浮かべる占いの世界と、ヨーロッパのカードゲームテーブルの上にあるタロット。この二つは、歴史的にはまったく別の流れから来ている。

フランスのタロ(Jeu de Tarot)は4人でプレイするトリックテイキングゲームで、フランスのカードゲーム連盟によると競技人口は数百万人にのぼる。使われるのは78枚のタロットデッキだが、絵柄は占い用のものとはまったく異なり、シンプルなフランス式のデザインだ。ルールはブリッジに似た戦略的なもので、切り札(アトゥ)をいつ出すかの判断が勝敗を左右する。ゲームとしての完成度が高く、ヨーロッパのカードゲーム愛好家の間では根強い人気がある。

オーストリアやハンガリー、チェコなどの中欧でも「タロック」と呼ばれるゲームが伝統として残っている。これらの地域では、タロットが占いの道具だと言ったら驚かれるかもしれない。カードの用途がここまで地域によって分岐したのは、タロットの歴史における最も興味深い現象の一つだ。

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占いへの転用|18世紀フランス

なぜフランスだったのか

タロットが占いの道具として再解釈されたのがフランスだったのは偶然ではない。18世紀のフランスは啓蒙思想の時代であると同時に、それへの反動としてオカルティズムや秘教主義が花開いた時期でもあった。理性万能を掲げる啓蒙主義者たちの影で、フリーメイソンや薔薇十字団のような秘密結社が活発に活動し、古代の「失われた知恵」への憧憬が知識人の間に広がっていた。こうした知的土壌があったからこそ、ゲーム用のカードに「隠された意味」を読み込むという発想が生まれ得たのだ。

エテイヤの革新

ゲーム用カードに過ぎなかったタロットを、占いの道具として体系的に作り上げた人物がいる。1780年代のフランスで活動した占い師エテイヤ(本名ジャン=バティスト・アリエット)だ。彼は占い専用のタロットデッキを自ら設計し、一枚一枚のカードに意味を割り当て、カードの並べ方(スプレッド)のルールを整えた。今ある「タロット占い」の骨格は、ほぼこの男が作ったと言っていい。

エテイヤは元々かつら職人だったという。そこからカード占い師に転身し、パリで最初のプロの占い師として活動を始めた。彼が革新的だったのは、占いを個人的な霊感や直感の問題ではなく、体系化・再現可能なメソッドとして確立しようとした点だ。彼は自分の占い法に関する著書を何冊も出版し、弟子たちに技法を教え、タロット占い師の養成学校まで開いた。いわばタロット占いのフランチャイズ化を図った先駆者だった。

彼が考案した「グラン・タブロー」などのスプレッドは、カードを特定のパターンに並べ、位置によって異なる意味を持たせるというものだった。過去・現在・未来を表す位置、恋愛を表す位置、仕事を表す位置——こうした「配置に意味を持たせる」仕組みは、それまでのカード占い(一枚引きや簡単な吉凶判断)にはなかった発想で、タロット占いに奥行きと物語性を与えた。

クール・ド・ジェブランの「古代エジプト起源説」

エテイヤより少し前の1781年、もう一人の重要人物が登場する。フリーメイソン会員のアントワーヌ・クール・ド・ジェブランだ。彼はタロットカードの図像を見て、ここにエジプトの秘密の知恵——トート神の書——が象徴的に刻まれていると主張した。歴史的な根拠は皆無である。15世紀イタリアのゲームカードと古代エジプトに何の接点もない。だが、この荒唐無稽な説がタロットに「古代の神秘」という強烈なオーラをまとわせた。タロットが単なるカード遊びから「何か深遠なもの」へと格上げされた背景には、この根拠なき伝説の力がある。

クール・ド・ジェブランの主張をもう少し詳しく見てみよう。彼の著書『原初世界』(Le Monde Primitif)の中で、彼はタロットの大アルカナの絵柄を古代エジプトの神話や儀式と結びつけ、「トートの書」と呼ばれる古代エジプトの聖典がタロットの形で西洋に伝えられたと論じた。「女教皇」はイシス神、「魔術師」はトート神の化身だというのだ。これは完全なこじつけなのだが、当時のヨーロッパではエジプト学がまだ確立しておらず、ロゼッタ・ストーンの解読も40年以上先の話だった。エジプトは「未知の神秘」の宝庫であり、何を結びつけても反証できない便利な存在だった。

しかし皮肉なことに、この根拠のない説がタロットの歴史を大きく動かした。「古代の智慧が隠されたカード」という物語は人々の想像力を刺激し、タロットを単なるカードゲーム以上のものとして捉える視点を広く定着させた。歴史的に見れば完全な誤りだが、文化的な影響力という点では絶大だったのだ。

エリファス・レヴィとカバラの接続

19世紀半ば、タロットの神秘化にさらなる層を加えた人物がいる。フランスのオカルティスト、エリファス・レヴィ(本名アルフォンス・ルイ・コンスタン)だ。元カトリックの神学生だった彼は、タロットの22枚の大アルカナをヘブライ語のアルファベット22文字と結びつけるという画期的な対応関係を提唱した。

この対応関係により、タロットはカバラ(ユダヤ神秘主義)の「生命の樹」と接続されることになる。カバラの生命の樹は、10個のセフィロト(力の球体)と22本のパス(経路)で構成される宇宙的な図式だ。レヴィはこの22本のパスにタロットの大アルカナを割り当てた。これによってタロットは、単なる絵柄の集まりから、宇宙の構造を象徴的に表現する壮大な体系へと変貌した——少なくとも、信じる者にとっては。

レヴィ自身はこの対応関係を「再発見」だと主張したが、実際にはまったくの新しい創造物だった。歴史的にタロットとカバラに何の接点もないことは明白だ。だが、この「発明」は後のオカルト結社に多大な影響を与え、現代のタロット解釈の根幹の一つとなっている。

オカルト結社とタロットの神秘化

黄金の夜明け団

19世紀末、舞台はイギリスに移る。ここで設立されたオカルト結社「黄金の夜明け団」(ゴールデン・ドーン)が、タロットの神秘化を決定的なものにした。彼らはタロットをカバラ(ユダヤ神秘主義)、占星術、四大元素論と結びつけ、緻密な対応体系を作り上げた。カード一枚一枚にヘブライ文字が対応し、占星術の星座や惑星が割り当てられる。こうした重層的なシステムは、現代のタロット解釈の土台としていまだに機能している。

黄金の夜明け団は1888年にロンドンで設立された。メンバーにはウィリアム・バトラー・イェイツ(後にノーベル文学賞を受賞する詩人)、ブラム・ストーカー(『ドラキュラ』の著者とも言われる)など、文化的に影響力のある人物が含まれていた。彼らはタロットを単なる占いの道具としてではなく、霊的修行の体系の中核として位置づけた。入団儀式の各段階でタロットの特定のカードが教えられ、瞑想の対象とされた。

この結社がタロットに施した最大の功績——あるいは罪——は、あらゆるオカルト的伝統をタロットという一点に集約したことだ。占星術の12星座と10惑星、カバラの生命の樹の10のセフィロトと22のパス、四大元素(火・水・風・土)、錬金術の象徴。これらすべてが78枚のカードに圧縮された。その結果、タロットはあたかも「西洋オカルティズムの万能辞書」のような地位を獲得した。一組のカードを学べば、西洋神秘主義の全体像にアクセスできる——そうした認識が広まったのだ。

アレイスター・クロウリーとトート・タロット

黄金の夜明け団からはもう一人、タロット史に大きな足跡を残した人物が出ている。「20世紀最大の魔術師」を自称したアレイスター・クロウリーだ。彼は画家フリーダ・ハリスと組んで、1944年に「トート・タロット」を出版した。

トート・タロットは、黄金の夜明け団の体系を引き継ぎつつも、クロウリー独自の魔術思想を反映した異端のデッキだ。伝統的な「力」のカードが「欲望」に、「節制」が「技」に改名されるなど、大胆な変更が加えられている。フリーダ・ハリスの絵は幾何学的で色鮮やかな表現主義的スタイルで、ライダー=ウェイト版の中世的な素朴さとはまったく異なる雰囲気を持つ。

クロウリー自身の悪名高い評判もあって、トート・タロットには長らく「危険なカード」というイメージがつきまとった。だが現在では、その芸術性と象徴体系の深さからライダー=ウェイト版と並ぶ二大デッキの一つとして高く評価されている。タロットの世界では、ウェイト派かクロウリー派かというのは、今でも実践者のスタンスを分ける重要な分岐点だ。

ライダー=ウェイト版タロット

1909年、タロット史上最も影響力のあるデッキが出版された。ライダー=ウェイト版タロットだ。黄金の夜明け団のメンバーだったアーサー・エドワード・ウェイトが設計し、パメラ・コールマン・スミスが絵を描いた。それまで小アルカナ(数札)には模様しか描かれていなかったが、このデッキでは56枚の小アルカナすべてに場面が描かれた。この革新によって、専門知識がなくても絵を見て直感的にカードを読むことが可能になった。現代で「タロットカード」と言って多くの人が思い浮かべるのは、このデッキの絵柄だ。

パメラ・コールマン・スミス——通称「ピクシー」——の貢献は、長い間過小評価されてきた。ウェイトが象徴体系を指示し、スミスがそれを絵にしたとされるが、実際にはスミスの芸術的判断が多くのカードの図像を決定づけている。彼女は舞台美術の素養があり、カードの絵に演劇的な構図と色彩を持ち込んだ。「カップの3」で乾杯する三人の女性、「ペンタクルの8」で黙々と仕事に打ち込む職人——これらの日常的で生き生きとした場面は、ウェイトの抽象的な指示からスミスが独自に創造したものだ。

しかし彼女はデッキの売上からほとんど報酬を得られず、晩年は困窮のうちに亡くなった。近年になってようやく彼女の業績が再評価され、一部の版では「スミス=ウェイト版」と呼ばれるようになっている。タロット史における最大のヒット作の影に、正当に評価されなかった女性アーティストがいたことは覚えておく価値がある。

タロットの構造を理解する

78枚の構成

タロットデッキは全78枚のカードで構成されている。22枚の大アルカナ(メジャーアルカナ)と56枚の小アルカナ(マイナーアルカナ)だ。「アルカナ」はラテン語で「秘密」を意味する言葉で、もともとタロットがゲームカードだった時代にはこの呼び名は使われていなかった。オカルティストたちが後から付けた名称だ。

大アルカナは0番の「愚者」から21番の「世界」まで、それぞれ固有の名前と図像を持つ。人生の大きなテーマや転換点を象徴するとされ、リーディングで大アルカナが多く出ると「大きな変化の時期」と解釈されることが多い。一方、小アルカナはワンド(棒)、カップ(杯)、ソード(剣)、ペンタクル(五芒星貨)の4つのスーツに分かれ、それぞれ1から10の数札と4枚のコートカード(ページ、ナイト、クイーン、キング)で構成される。通常のトランプと構造が似ているのは、両者が共通の祖先を持っているからだ。

正位置と逆位置

タロット占いで特徴的なのが、カードの向き——正位置と逆位置——によって意味が変わるという概念だ。だがこれは必ずしもタロットの伝統的な読み方ではない。逆位置を採用するかどうかは流派や個人の方針によって異なり、「逆位置は使わない」という実践者も少なくない。エテイヤの時代には逆位置の概念は存在していたが、それが今のように広く普及したのは20世紀以降のことだ。

逆位置の解釈にもいくつかの流派がある。「正位置の意味が弱まる」と読む人、「正位置の意味が反転する」と読む人、「カードのエネルギーがブロックされている」と読む人——どれが正解かという議論には終わりがない。そもそもタロットに「公式ルール」は存在しないのだ。これはゲームから占いに転用された道具である以上、避けられない宿命と言える。

現代のタロットと心理学的解釈

ユングとアーキタイプ

20世紀に入ると、タロットは意外な方面から光を当てられる。心理学者カール・ユングだ。ユングはタロットの図像に、集合的無意識のアーキタイプ(元型)の表現を見た。「愚者」「女帝」「塔」といった大アルカナの図像が、人間の深層心理に普遍的に存在するパターンと重なるというのだ。

ユングが具体的に論じたアーキタイプの例を挙げてみよう。「愚者」は「トリックスター」のアーキタイプに対応する。既存の秩序を逸脱し、混沌を通じて新しい可能性を切り開く存在だ。「女帝」は「グレートマザー」、すなわち豊穣と養育の元型。「隠者」は「老賢者」のアーキタイプで、内省と知恵の象徴。これらのパターンは文化や時代を超えて人間の物語に繰り返し現れるものであり、だからこそタロットの絵柄は見る者の心に何かを響かせる——というのがユング的な解釈だ。

ユング自身がタロットをどの程度真剣に研究したかについては議論がある。彼の著作の中にタロットへの直接的な言及はそれほど多くない。だが彼の弟子たちや後続の心理学者たちが、ユングの理論的枠組みをタロット解釈に積極的に応用していった。その結果、「タロットは集合的無意識にアクセスするツールである」という解釈が広まり、タロットに心理学的な正統性を与えることになった。

シンクロニシティとタロット

ユングのもう一つの概念——シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)——も、タロットの理論的基盤として頻繁に引用される。タロット占いでは、シャッフルしたデッキからランダムにカードを引く。そこに出たカードが自分の状況に驚くほど合致する、という体験をした人は少なくないだろう。

これを「カードが運命を知っている」と解釈するのがスピリチュアルな立場。一方、「ランダムに出たカードに意味を見出すのは、人間の脳がパターン認識をする生き物だからだ」と解釈するのが合理的な立場。ユングのシンクロニシティ概念はこの二つの間に橋を架けようとするもので、因果関係はなくとも意味的な関連は存在し得る、という第三の視点を提供した。科学的に証明されたわけではないが、タロット実践者にとっては自分の体験を説明するための便利な枠組みとなっている。

セラピーツールとしてのタロット

この視点は、現代のタロット実践に大きな影響を与えている。今のタロット実践者の多くは、カードを「未来を当てる道具」としてではなく、「自分の内面を映す鏡」として使っている。ランダムに引いたカードの絵柄をきっかけに、自分でも気づいていなかった感情や葛藤が浮かび上がってくる。カウンセリングで使われる投影法に近い機能と言えるだろう。

実際に、心理療法の補助ツールとしてタロットを活用するセラピストも存在する。クライアントにカードを引いてもらい、「この絵を見て何を感じますか?」と問いかけることで、言語化しにくい感情や無意識の思考パターンにアクセスする手法だ。これはロールシャッハ・テスト(インクの染みを見て何に見えるか答える心理検査)と原理的には似ている。カード自体に力があるのではなく、カードが人間の内面を引き出すきっかけになるという考え方だ。

もちろん、これは「タロットに科学的根拠がある」ということを意味しない。投影法としての効用と、カードが未来を予測できるかどうかはまったく別の話だ。だが、未来予測の道具としてではなく、自己理解の補助ツールとしてタロットを位置づける動きは、現代においてますます強まっている。

タロットの大衆化とニューエイジ運動

1960〜70年代のカウンターカルチャー

タロットが現在のように幅広い層に普及した背景には、1960年代から70年代にかけてのカウンターカルチャーとニューエイジ運動がある。ベトナム戦争への反発、既存の宗教や制度への不信、東洋思想への関心——そうした時代の空気の中で、タロットは「既存の権威に頼らない、個人的なスピリチュアリティのツール」として若者たちに受け入れられた。

この時期にタロットの書籍が爆発的に出版され、ライダー=ウェイト版の廉価な再版が大量に流通した。それまで秘教的サークルの中で密かに伝えられていた知識が、一般の書店で手に入るようになったのだ。タロットの「民主化」とも言えるこの変化が、今日のタロット文化の土台を作った。

多様化するデッキデザイン

20世紀後半以降、タロットデッキのデザインは爆発的に多様化した。猫のタロット、ゾンビのタロット、アールヌーヴォー風のタロット、アフリカン・ディアスポラの伝統に基づくタロット、日本の浮世絵風のタロット——数千種類のデッキが存在する。ライダー=ウェイト版の図像構成を踏襲しつつ独自のアートスタイルで再解釈するものもあれば、伝統的な構造自体を解体して新しい体系を提案するものもある。

こうした多様化は、タロットが特定の教義や結社に属するものではなく、個人の表現と解釈に開かれた道具であることを示している。誰でも自分に合うデッキを選べるし、極端に言えば自分でデッキを作ることもできる。この「正典のなさ」がタロットの強みでもあり、同時に「何でもあり」になりやすい弱点でもある。

SNS時代のタロット

2010年代以降、SNSとYouTubeの普及がタロット文化に新たな波をもたらした。YouTubeやTikTokには無数のタロットリーディング動画が投稿されており、「今月のあなたへのメッセージ」といった一般向けリーディングは数十万回再生されるものも珍しくない。InstagramやPinterestでは美しいデッキの写真やカードの意味を解説するインフォグラフィックが共有され、タロットはビジュアルカルチャーの一部としても機能している。

こうしたデジタル化の波は、タロットの敷居を劇的に下げた。かつてはオカルト専門店に足を運び、分厚い解説書を読み込まなければ始められなかった占いが、スマートフォン一つで体験できるようになった。タロットアプリも多数存在し、物理的なカードを持っていなくてもリーディングができる。この手軽さは普及に貢献した反面、体系的な学びなしに「なんとなく」タロットを使う層を増やしたとも言える。

タロットにまつわる誤解と実態

「タロットは危険」という都市伝説

「タロットカードを使うと悪霊を呼び寄せる」「他人のカードに触ってはいけない」「新品のデッキは誰かから贈られなければならない」——タロットにまつわる俗説は数多い。だが、これらはいずれも歴史的・文化的な根拠のない都市伝説だ。もとがゲーム用のカードであることを思い出せば、こうした俗説がいかに後付けであるかがわかるだろう。

とはいえ、こうした「禁忌」や「ルール」がタロットに神秘的な雰囲気を加えていることも事実だ。「特別な扱いを必要とするもの」として捉えることで、カードと向き合う時間に一種の儀式性が生まれる。その意味では、こうした作法は心理学的なプライミング効果(事前に特定の心構えを作ることで、後の体験に影響を与える現象)として機能していると言える。

「タロットは当たるのか」という問い

タロット占いの的中率を科学的に検証した信頼性の高い研究は存在しない。統計学的には、78枚のカードからランダムに引いたカードが特定の状況に「当てはまる」確率は、カードの解釈の幅広さを考えると相当高くなる。人間は自分の状況に合致する部分だけを記憶する傾向があり(確証バイアス)、「当たった」体験ばかりが印象に残る。これはコールドリーディングやバーナム効果として知られる心理現象でもある。

ただし、「当たるか当たらないか」という二項対立でタロットを評価するのは、現代的なタロット観からすればやや的外れかもしれない。先述のように、タロットを自己内省のツールとして使う立場からすれば、カードが「当たる」必要はない。重要なのは、カードをきっかけに自分自身と対話する機会が生まれることだ。そう考えると、「当たるか」という問いに対する最も正直な答えは、「それは使い方による」ということになるだろう。

日本におけるタロットの受容

少女漫画とタロット

日本においてタロットが広く知られるようになった経路は、欧米とはかなり異なる。大きな役割を果たしたのは少女漫画だ。1970年代以降、魔法少女ものやオカルト系の少女漫画にタロットカードが頻繁に登場し、若い女性層を中心にタロットへの関心が広がった。CLAMPの『カードキャプターさくら』(1996年)も、直接的にはタロットではないが、カードに封じられた力というモチーフは明らかにタロットの影響下にある。

こうした漫画・アニメを通じたタロットの受容は、日本独特のものだ。欧米ではオカルト結社やニューエイジ運動という「大人の文化」を経由して広まったタロットが、日本ではポップカルチャーのフィルターを通して、より気軽な「かわいい」文化の一部として受容された。この違いが、日本のタロット文化の独特な軽やかさにつながっている。

スピリチュアルブームとタロット

2000年代に入ると、日本ではスピリチュアルブームが起こり、テレビ番組やファッション雑誌でタロット占いが頻繁に取り上げられるようになった。駅前の占い館、電話占い、そしてオンライン占い——タロットは日本の占い文化の中で確固たる地位を築いている。日本のタロット実践は西洋のそれと比べると、心理学的・哲学的な深掘りよりも、実用的な「恋愛」「仕事」「人間関係」の相談ツールとしての性格が強い印象がある。

タロットの未来

タロットの歴史を振り返ると、そこに見えるのは絶え間ない再解釈の連鎖だ。ゲームカード、占いの道具、オカルトの体系、心理学のツール、セルフケアのアイテム、SNSコンテンツ——その時代ごとの文脈に応じて、タロットは新しい意味を与えられ続けてきた。78枚のカードという「ハードウェア」は500年前からほとんど変わっていないのに、その上で走る「ソフトウェア」は常にアップデートされている。

こうして振り返ると、タロットの歴史は人間の性質そのものを映しているように見える。15世紀のゲームカードに古代エジプトの秘密を読み取り、ランダムなカードの並びに人生の指針を見出す。その営みは一見すると非合理的だが、不確実な世界の中で何かしらの秩序を見つけ出したいという欲求は、おそらく人間という生き物から消えることはないのだろう。

タロットが500年後にどんな姿をしているか、誰にもわからない。だが一つだけ確実なのは、78枚のカードが人間の想像力によって意味を吹き込まれ続ける限り、タロットは生き残る、ということだ。

ゲームの道具が神秘の象徴に変わっていく過程、人間の想像力ってすごいよな。500年分の歴史を辿ってみたけど、結局のところタロットの物語は今も続いてるわけだ。次にカードを手に取ることがあったら、そこに何百年もの歴史が積み重なってるってこと、ちょっとだけ思い出してみてくれ。じゃ、今夜はこのへんで。シンヤでした。

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