シンヤだ。夜中にこういう話するのが一番いいんだよな。今日はハイチのヴードゥーにまつわる、死者と呪いの祭りについて掘ってみる。呪いって言葉だけで片付けられない、もっと根深いものがそこにはあるんだよ。

ブードゥー教の真実|ゾンビ伝説と呪いの科学

ブードゥー教の話になると、たいていの人がホラー映画の黒魔術を思い浮かべる。でも実際は全然ちがう。西アフリカの伝統信仰がカリブ海に渡り、独自の形に育ってきた宗教だ。儀式には独特の哲学があって、「怖い呪い」だけで語れるほど単純じゃない。ゾンビ伝説にしても、科学的に追いかけると面白い話が出てくる。

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ブードゥー教の実態

ハイチのブードゥー教は2003年、ハイチ政府から公式宗教として認められている。信仰の中心にあるのは精霊(ロア)との対話、祖先への敬意、自然との関わりだ。呪いや黒魔術が主役というイメージは、植民地時代にヨーロッパ側が意図的に広めた見方に過ぎない。「野蛮な宗教」として描いたほうが支配する側には都合がよかった。信仰そのものとはかけ離れたレッテルだ。

信仰の構造——「ボンデュ」と「ロア」の関係

ブードゥー教には一神教的な側面がある。最高神「ボンデュ」(Bondye)が存在し、すべてを創造した存在とされている。ただし、ボンデュは人間の日常には直接関わらない。あまりにも大きすぎて、人間の祈りなんか届かないんだ。その代わりに「ロア」が間に立つ。ロアはいわば部署ごとの担当者みたいなもので、恋愛のこと、健康のこと、農業のこと、それぞれ専門が分かれている。

この構造、実はカトリックの聖人崇敬ともよく似ている。偶然じゃない。奴隷としてハイチに連れてこられたアフリカの人々は、カトリックへの改宗を強制された。でも自分たちの信仰を捨てたわけじゃなかった。ロアとカトリックの聖人を重ね合わせることで、表向きはキリスト教を信じているように見せながら、裏では自分たちの祈りを守り抜いた。知恵と意志の産物だよ。

ヴェヴェ——地面に描かれる精霊の紋章

ブードゥーの儀式で欠かせないのが「ヴェヴェ」と呼ばれるシンボルだ。地面にコーンミールや小麦粉で描かれる幾何学的な模様で、それぞれのロアに固有のデザインがある。エルズリーのヴェヴェにはハート型が描かれるし、戦いの神オグンのヴェヴェには剣のモチーフが入る。

ヴェヴェはただの装飾じゃない。そのロアを「呼び出す」ための回路のようなものだと考えられている。地面に門を開く感覚に近い。描き終わるとその上で太鼓が打たれ、歌が始まり、ロアが降りてくる場が整えられる。日本の神道で注連縄を張って神域を作るのと、発想の根っこは同じだ。

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精霊「ロア」とは何者か

ブードゥー教の世界には「ロア」と呼ばれる精霊たちが存在する。キリスト教で言う天使や聖人に近い存在で、人間と神(ボンデュ)の間を取り持つ仲介者だ。ロアには個性がある。愛と美を司るエルズリーは艶やかな女性の姿で描かれるし、死と再生を扱うゲデは黒い礼服にシルクハットをかぶった道化師のような姿をしている。

ロアの「国(ナシオン)」——三つの系統

ロアは大きく三つの系統に分けられている。「ラダ」「ペトロ」「ゲデ」だ。ラダ系のロアは穏やかで慈悲深いとされる。ダンバラという蛇のロアがラダの代表格で、知恵と豊穣を象徴する。白い蛇が木に巻きついた姿で描かれることが多い。

一方のペトロ系はもっと荒々しい。怒り、激情、戦いの力を持つとされている。ペトロ系のロアが儀式で降りてくると、参加者の動きは激しくなり、声のトーンも変わる。火を使った儀式もペトロ系に多い。ハイチ革命の際、奴隷たちが蜂起する決意を固めた「ボワ・カイマンの儀式」で呼ばれたのも、ペトロ系のロアだったと伝えられている。

ゲデ系は死者の世界を担当する。陽気で下品で、ふざけているように見えて、実は生と死の境界を管理する重要な存在だ。ゲデのリーダー格がバロン・サムディで、黒い燕尾服にシルクハット、顔を骸骨のように白く塗った姿で知られる。この見た目がそのまま「死神」のイメージとして映画に使われたりもした。でもゲデは恐怖の対象というより、死を笑い飛ばす存在だ。「どうせみんな死ぬんだから、今を楽しめ」——そういう哲学がゲデにはある。

儀式の場では、ロアが参加者の体に「降りてくる」ことがある。いわゆる「憑依」だ。憑依された人は別人のように動き、ロアの言葉を語り出す。傍で見ていた研究者たちは、これが完全に演技とは思えないと口をそろえる。体の動き方、声のトーン、普段とは別の知識を語り出す様子——どうにも説明しきれないらしい。

信仰の人たちにとってロアは恐怖の対象じゃない。敬うべき先人であり、頼れる守護者だ。日本人が氏神様に手を合わせる感覚に近いかもしれない。「呪い」という切り口だけで見ると、この関係性がまるごと見えなくなる。

ゾンビの科学

民族植物学者のウェイド・デイヴィスが調べて出てきたのが「ゾンビ・パウダー」の話だ。ハイチのブードゥー僧侶が使う粉の中に、フグ毒——テトロドトキシン——が含まれていることを突き止めた。この毒、量によっては仮死状態を引き起こす。呼吸も脈も限りなくゼロに近くなる。傍から見れば「死んだ」としか思えない。ゾンビ伝説の根っこには、こういう薬理学的な話が混じっていたわけだ。全部が嘘じゃなかった、という意味でむしろ怖い。

テトロドトキシンの作用メカニズム

テトロドトキシンは神経の電気信号を遮断する毒だ。ナトリウムチャネルという神経細胞の通路に蓋をしてしまう。すると筋肉は動かなくなり、呼吸が止まり、心拍も極端に落ちる。致死量を超えればそのまま死ぬ。だが、致死量ぎりぎりの量を投与すると、体は動かないのに意識だけが残る——という状態が理論的にはありえる。

日本でもフグの毒にあたって「死んだ」と判断されかけた事例がいくつかある。江戸時代には「フグに当たった者は三日間埋葬するな」という言い伝えがあった。仮死状態から回復する可能性があると、経験的に知られていたんだ。ハイチと日本、距離も文化も全然ちがうのに、同じ毒に対して似たような知恵が生まれていたのは興味深い。

ゾンビ・パウダーのもうひとつの成分

デイヴィスの分析によれば、ゾンビ・パウダーにはテトロドトキシン以外にも注目すべき成分が入っていた。ダチュラ(チョウセンアサガオ)の種子だ。ダチュラにはスコポラミンという成分が含まれていて、これは幻覚を引き起こし、記憶を消去し、強い暗示にかかりやすい状態を作る。CIAが冷戦期に尋問薬として研究していたのもこの物質だ。

つまり、テトロドトキシンで仮死状態に陥らせ、掘り出したあとにダチュラで意思を奪う——という二段構えが「ゾンビ化」の仕組みだった可能性がある。薬理学的に見ると、まったくの絵空事ではない。むしろ、よく考えられた手順だと言えてしまう。それが怖い。

実際に報告された「ゾンビ」の事例

1980年、ハイチで不思議な事件が起きた。クレアヴィウス・ナルシスという男性が病院で死亡し、埋葬された。ところが18年後、家族の前にその男性が現れた。本人の話によると、埋葬されたあと地中で意識が戻り、掘り出されて農園で働かされていたという。

作り話じゃない。医療記録があり、埋葬の証明もある。ハーバード大学の研究者たちが現地調査をおこない、記録として残した事例だ。デイヴィスの研究はこの事件をきっかけに本格的に動き出した。

懐疑的な見方ももちろんある。テトロドトキシンの量だけで仮死状態をうまくコントロールするのは相当難しい。研究者の間でも「毒だけで説明しきれる話じゃない」という意見がある。実際のところ、薬理学に加えて儀式的な心理操作、コミュニティからの孤立、そういった要素が組み合わさって「ゾンビ状態」が生まれていた可能性が高い。ひとつの原因じゃなく、複数の要因が重なった現象なんだ。

ナルシス以外の報告例

ナルシスの事例がもっとも有名だが、似たような報告は他にもある。1960年代にはフランチーナ・イリウスという女性が「死後」数年経って村に戻ってきた事例が記録されている。彼女は自分の葬儀を覚えていたという。また、別の事例では、ゾンビにされた人物が砂糖を含む食事を口にしたことで「正気に戻った」とされる話もある。塩や砂糖がゾンビの呪いを解くという民間伝承は、ダチュラの幻覚作用が糖分の摂取で緩和される可能性と絡めて議論されている。

もっとも、こうした事例のすべてが科学的に検証されているわけじゃない。誤認や作話が混ざっている可能性も否定できない。でも、複数の独立した事例が似た構造を持っているという事実は、何かしら実態のある現象が背後にあったことを示唆している。完全なフィクションなら、ここまで一貫したパターンは生まれない。

ゲデの祭り——死者と踊る夜

毎年11月1日と2日、ハイチでは「ゲデの祭り」が開かれる。ゲデは死と再生、性と生命力を司るロアの一族だ。この時期になると墓地は信者たちで埋め尽くされる。黒と紫の衣装、濃い色のサングラス、シルクハット。ゲデに扮した人々が街を練り歩き、歌い、踊る。

日本のお盆に近いものを感じる人もいるだろう。先祖の魂を呼び戻し、一緒に食事をして、また送り出す。形は全然ちがうけど、「死者を忘れない」という根っこの気持ちは重なっている。

ゲデの儀式にはもうひとつ独特なところがある。参加者たちは聖地の土や墓石に触れながら踊り続ける。信者のなかにはゲデが降りてきて、普段は口にしないような言葉を叫んだり、激しく体を動かし続けたりする人も出てくる。見ている側には、それが「死に近い何か」に触れている瞬間のように映る。

バロン・サムディ——墓地の番人

ゲデの祭りで最も重要なロアが、バロン・サムディだ。「サムディ」はフランス語で「土曜日」を意味する。墓地の最初の男性の埋葬者がバロン・サムディになるとされ、すべての死者の門番として君臨する。彼の許可がなければ、誰も死の世界に入ることはできない——つまり、バロン・サムディが「まだ死ぬな」と言えば、人は死なない。

だからバロン・サムディは恐怖の対象であると同時に、病気の治癒を願う人々にとっての希望でもある。「死の管理者」が味方についてくれるなら、死を遠ざけられるかもしれない。実際、重病の子供を持つ親がバロン・サムディに祈りを捧げる場面は、ゲデの祭りでよく見られる光景だ。

バロン・サムディの性格は享楽的だ。ラム酒を浴びるように飲み、下品な冗談を飛ばし、踊り狂う。死を司る存在がなぜこんなに陽気なのか。それは「死はすべてを平等にする」という思想の裏返しだと言われている。金持ちも貧乏人も、権力者も奴隷も、最後は全員バロン・サムディの前に立つ。だったら堅苦しくやる意味なんてない。この哲学は、何百年も虐げられてきたハイチの人々にとって、大きな慰めだったんだと思う。

祭りの食事と供え物

ゲデの祭りでは特別な食事が振る舞われる。ゲデが好むとされるのは、唐辛子をたっぷり使った辛い料理と、強いラム酒だ。特に「クレラン」と呼ばれるサトウキビの蒸留酒に唐辛子を漬け込んだものが供えられる。これを一気に飲み干すのが儀式の一部だ。普通の人間なら胃が焼けるような辛さだが、ゲデが憑依した状態では平気で飲んでしまうという。

墓地には花、ろうそく、食べ物、酒が並べられる。十字架には紫と黒の布が巻かれ、墓石の前では太鼓のリズムに合わせて歌が続く。祭りは夜通し行われ、翌朝まで歌と踊りが途切れることはない。外から見れば異様な光景かもしれない。でもそこにいる人々の表情は、恐怖ではなく、喜びと解放に満ちている。

呪いはどうやってかけられるのか

「ボコール」と呼ばれる人物がいる。ブードゥー教の中でも、善悪どちらの力も扱うとされる呪術師だ。正式な僧侶(ウンガン)や女性司祭(マンボ)とは別の存在で、金銭を受け取って呪いを請け負うと言われている。

呪いのやり方はいくつかある。相手の爪や髪を使った儀式、呪いの人形を使うもの——これは映画でも有名だろう——、特定の植物や動物の部位を組み合わせた「グリグリ」と呼ばれるお守りの悪用。ゾンビ・パウダーもボコールの道具のひとつとされている。

ただ、ここで面白い話がある。ハイチの農村コミュニティでは、「ゾンビにされる」こと自体が社会的な制裁として機能していたという説があるんだ。コミュニティの秩序を乱した人物、他人の土地を奪った人物が標的にされたとも言われている。呪いが純粋な「恐怖のツール」じゃなく、一種の社会的な秩序維持装置として回っていた可能性がある。恐怖と統治は、いつだってセットだ。

「ソシエテ・セクレット」——秘密結社の存在

ブードゥー教の裏側には「ビゾンゴ」や「サンプウェル」と呼ばれる秘密結社が存在するとされている。これらの組織がゾンビ化の「裁判」を行っていたという説がある。つまり、誰をゾンビにするかは個人の恨みではなく、集団の合議で決められていた可能性があるんだ。

ナルシスの事例でも、彼がゾンビにされた理由として「兄弟間の土地争い」が挙げられている。ナルシスが家族の共有地を不正に売ろうとしたことが、秘密結社の裁定にかけられたという話だ。真偽の確認は難しいが、もしこれが本当なら、ゾンビ化は「処刑」に近い社会的制裁だったことになる。

法律が機能しない社会、権力者が信用できない環境では、こうした非公式の司法システムが自然発生的に生まれることがある。日本でも江戸時代の村八分は、法的な根拠のない社会的制裁だった。ブードゥーの呪いを「未開の迷信」と切り捨てるのは簡単だけど、それは社会の仕組みを見ていないだけだ。

ブードゥー教とハイチ革命

ブードゥー教の歴史を語るうえで絶対に外せないのが、ハイチ革命との関係だ。1791年8月14日の夜、ボワ・カイマンという場所でブードゥーの儀式が行われた。マンボ(女性司祭)のセシル・ファティマンが儀式を主導し、奴隷たちは蜂起を誓った。この儀式から始まった反乱が、最終的にハイチ独立へとつながっていく。

世界史で見ても、奴隷が自力で独立を勝ち取った例はほとんどない。ハイチはその数少ない成功例だ。そしてその出発点にブードゥーの儀式があった。信仰が人を束ね、恐怖を乗り越えさせ、自由への行動を起こさせた。ブードゥー教が単なる「呪いの宗教」なら、こんなことは起きなかっただろう。

革命の成功は、ブードゥー教にとって誇りであると同時に、外部からの敵意を招く原因にもなった。フランスはハイチの独立を認める代わりに莫大な賠償金を要求し、ハイチ経済は長く苦しむことになる。アメリカもハイチの黒人国家としての独立を何十年も承認しなかった。「ブードゥーの呪いで勝った」という語りは、革命の正当性を貶めるための道具にもなった。歴史の中でブードゥー教がどう扱われてきたかは、常に政治と切り離せない。

ハリウッドが歪めたもの

1932年の映画『ホワイト・ゾンビ』から始まって、ブードゥー教はずっとホラーの素材として使われてきた。意思のないゾンビが主人に従う、黒い儀式で人を呪い殺す、眼を白くした死者が歩き回る——こういうイメージが映画を通じて世界中に広まった。

実際のブードゥー教を知っている人から見ると、これは相当な歪曲だ。儀式には歌があり、食事があり、コミュニティの結びつきがある。宗教としての機能を持ち、苦しい状況の中でも人々を支えてきた信仰だ。植民地支配のもとで過酷な生活を強いられたハイチの人々にとって、ブードゥー教はアイデンティティそのものでもあった。

それを「怖い黒魔術」として切り捨てるのは、歴史的な侮辱に近い。映画は映画として楽しんでいいんだけど、フィクションと現実のあいだにある距離は知っておいたほうがいい。

ゾンビ映画の変遷——ブードゥーから感染症へ

面白いのは、映画の中のゾンビ像が時代とともに変わっていったことだ。初期のゾンビ映画では、ブードゥーの呪術師が死者を操るという設定が主流だった。しかし1968年のジョージ・A・ロメロ監督『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』以降、ゾンビはブードゥーから完全に切り離される。原因不明の感染症や放射能汚染によって死者が蘇り、生きた人間を襲うという設定に変わった。

現代のゾンビ映画やドラマ——『ウォーキング・デッド』や『ワールド・ウォーZ』——を見ても、ブードゥーの「ブ」の字も出てこない。ゾンビという概念だけが借用され、元の文化的文脈はまるごと剥ぎ取られた。これ自体がある種の文化的暴力だとも言える。他者の信仰からモンスターだけを抜き出して、あとは捨てたわけだから。

日本との意外な共通点

ブードゥーの話を調べていると、日本の民間信仰と重なるところが出てくる。藁人形に釘を打つ「丑の刻参り」は、ブードゥーの呪い人形と構造がよく似ている。どちらも「相手の代替物に何かをする」という発想だ。

先祖の霊が特定の時期に戻ってくるという考え方も共通している。お盆の精霊棚と、ゲデの祭りで墓地に供え物をする習慣。形は全然ちがうけど、「死者を丁寧に扱わないと良くないことが起きる」という感覚は、文化を超えて人間の中に根付いているんだろう。

「呪い」の比較文化論

呪いの構造を比較すると、もっと深い共通点が見えてくる。ブードゥーの呪いには、相手の体の一部(髪、爪、血)が必要とされる。日本の陰陽道でも同じだ。平安時代の呪詛事件では、相手の衣服や持ち物を使った呪術が実際に行われていた記録がある。

なぜ世界中の呪術が似た構造を持つのか。文化人類学者のジェームズ・フレイザーは、これを「感染呪術」と「類感呪術」として分類した。「一度接触したものは離れても影響し合う」(感染呪術)と「似たものは影響し合う」(類感呪術)。ブードゥーの呪い人形は類感呪術、髪や爪を使うのは感染呪術にあたる。

これらは非科学的な迷信に見えるかもしれない。でも「接触したものがつながりを持つ」という感覚は、心理学的にはかなり強力だ。実験心理学でも、被験者がヒトラーの持ち物だったと告げられたセーターを着ることを拒否するという結果が出ている。理性では「ただのセーター」だとわかっていても、感覚が拒否する。呪術が機能する土壌は、現代人の心理にも残っているんだ。

恐怖と信仰が混ざり合う場所は、洋の東西を問わず似たような形をしている。そこが面白い。

現代のブードゥー教

ハイチでは現在も人口の大多数がブードゥー教の信仰を持っていると言われている。カトリックとの混淆も進んでいて、日曜日に教会へ行きながら、週末の儀式にも参加するという人も珍しくない。

2010年の大地震のあと、ハイチ国内でブードゥー教への風当たりが一時的に強くなった。「ブードゥーの呪いで地震が起きた」という根拠のない情報が広まり、信者が迫害されるケースも出た。でも同時に、地域コミュニティを支える力として機能した側面もある。儀式の場が人々の集まる拠点になり、食事が分かち合われた。

宗教がどう機能するかは、それを使う人と状況次第だ。ブードゥー教も変わらない。外から「呪いの宗教」と見るのと、中で生きている人たちの視点は、まったく別の景色だ。

ニューオーリンズのブードゥー

ブードゥー教はハイチだけのものじゃない。アメリカのルイジアナ州、特にニューオーリンズにもブードゥーの伝統が根付いている。19世紀のニューオーリンズで絶大な影響力を持っていたのが、マリー・ラヴォーという女性だ。「ブードゥーの女王」と呼ばれた彼女は、白人の名家から奴隷まで、あらゆる階層の人々から相談を受けていたと記録されている。

ラヴォーは呪いを売り物にしていたわけじゃない。薬草の知識を使った治療、人生相談、トラブルの仲裁。いわば「何でも屋」だった。彼女の墓は今でもニューオーリンズの観光名所のひとつで、墓石には願い事を書いた訪問者の跡が残っている。

ニューオーリンズのブードゥーは「フードゥー」とも呼ばれ、ハイチのブードゥーとはやや異なる発展をしている。より個人的な呪術・護符の文化が強く、宗教的な儀式としての色合いは薄い。同じ根っこから生まれて、土地ごとに別の枝を伸ばした。文化ってのはそうやって広がっていくものだ。

ベナンのヴォドゥン——原点の姿

ブードゥー教の源流は西アフリカにある。特にベナン(旧ダホメ王国)では、「ヴォドゥン」として今も盛んに信仰されている。ベナンでは毎年1月10日が「ヴォドゥンの日」として国の祝日に制定されていて、大規模な祭りが行われる。

アフリカのヴォドゥンを見ると、ハイチのブードゥーがいかに変容してきたかがよくわかる。アフリカでは自然の力——川、海、山、雷——がそのまま精霊として崇められている。カトリックとの混淆もない。より原初的で、土地に密着した信仰の形がそこにはある。奴隷貿易がなければ、ヴォドゥンは西アフリカのローカルな信仰のまま静かに続いていたかもしれない。それが大西洋を渡り、苦痛の中で形を変え、今の姿になった。ブードゥー教の歴史は、そのまま大西洋奴隷貿易の歴史でもある。

自分で確かめるとしたら

ブードゥー教の儀式は、観光客でも見学できる機会がある。ハイチの首都ポルトープランスや地方の村では、特定の祭りの時期に外部の人間が参加できる儀式が開かれる。見学はあくまでゲストとして、礼儀を持って。信仰の場に土足で踏み込むのは、どこの宗教に対しても失礼だしな。

日本にいながら調べるなら、ウェイド・デイヴィスの著書『蛇と虹』(原題:The Serpent and the Rainbow)が入口として面白い。学術的な調査記録でありながら、読み物としても引き込まれる。映画化もされているが、映画はかなりホラー寄りにアレンジされているので、本を先に読むことをすすめる。

あとは民族学や宗教学の文献も増えてきている。「ブードゥー 宗教」で検索すると出てくるホラー系のコンテンツより、そっちのほうが実態に近い。怖い話として消費するより、ひとつの信仰の歴史として掘るほうが、ずっと深いところまで行けるんだよ。

おすすめの文献・資料

もう少し深く知りたい人のために、いくつか挙げておく。デイヴィスの『蛇と虹』以外では、アルフレッド・メトローの『ブードゥー教』(原題:Voodoo in Haiti)が古典的な名著だ。1950年代にハイチでフィールドワークをした民族学者の記録で、儀式の詳細が具体的に書かれている。英語だけど、ブードゥーの一次資料としてはこれ以上のものはなかなかない。

映像なら、マヤ・デレンというアメリカの映像作家が1940年代にハイチで撮影したドキュメンタリー映像が残っている。デレン自身もブードゥーの儀式に参加し、憑依を体験したと語っている。彼女の著書『神の騎手たち』(原題:Divine Horsemen)も、体験者の視点から書かれた貴重な資料だ。学術的な客観性と個人的な体験が混ざり合っていて、読んでいると不思議な感覚になる。

日本語の文献はまだ多くないが、宗教学や文化人類学の論文集の中にブードゥー教を扱ったものが少しずつ増えてきている。大学図書館で「ヴォドゥー」「カリブ海の宗教」あたりで検索すると見つかることがある。怖いもの見たさで終わらせるのはもったいない。ちゃんと掘ると、人間の信仰の形について考えさせられる深い世界が待っている。

まとめ

ブードゥー教は呪いの宗教じゃなく、精霊との対話と先祖への敬意を軸にした信仰体系だ。ゾンビ伝説には薬理学的な根拠があり、民族植物学の調査で実際の事例も記録されている。それを「黒魔術」に矮小化したのは、植民地支配の都合だった。

ハイチ革命の精神的支柱にもなり、災害の中でコミュニティを支え、西アフリカからカリブ海、北米まで広がりながら土地ごとの形を育ててきた。ひとつの「怖い話」にまとめるには、あまりにも豊かで複雑な歴史がそこにはある。

信仰と恐怖が交差する場所に、人間の本質的な何かが見えてくる。ブードゥー教はその最たる例のひとつだろう。知れば知るほど、単純な怖い話じゃなくなってくる。そういうところが、俺はたまらなく好きなんだよな。

信仰と恐怖ってのは、いつも紙一重のところにある。そこが面白いんだけどな。シンヤでした、また来いよ。

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