シンヤだ、夜中にこういう話するのが一番いいんだよな。今回はアンデスの山奥に潜んでた連続殺人犯の話。「ユーバ・インカ」って呼ばれてる男なんだけど、これがまた調べると底が見えなくてさ。たまらんのよ、こういうの。
世界の未解決連続殺人事件|犯人が特定されなかった謎
科学捜査の技術がどれだけ進歩しても、犯人にたどり着けなかった連続殺人事件は世界中にある。捜査の限界なのか、それとも犯人が特別に狡猾だったのか。どちらとも言い切れない事件が、今も記録に残ったまま眠っている。
こういう事件を調べると、必ずどこかで「なんでここで捜査が止まったんだ?」ってなるポイントが出てくる。技術的な限界だけじゃなくて、当時の社会の空気感とか、組織間の連携ミスとか、地理的な問題とか。複合的な要因が絡み合って「未解決」になっていることが多い。そこが怖いし、そこが面白い。
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代表的な未解決事件
切り裂きジャック(1888年)
1888年、ロンドンのホワイトチャペル地区で少なくとも5人の女性が殺された。犯人は「切り裂きジャック」と呼ばれ、130年以上経った今も正体不明のまま。DNA分析を使った再調査も何度か試みられているが、「この人物で間違いない」と言える結論にはどうしても届かない。
この事件が特別なのは、当時からメディアが異常なほど注目していたという点だ。新聞社に届いた手紙のなかに「From Hell」と書かれたものがあって、一緒に人間の腎臓の一部が同封されていた。本物だったのか、誰かのいたずらだったのか、それすらはっきりしない。
これまでに疑われた人物は100人を超えるという。王室関係者、外科医、ポーランド人の床屋、画家まで。それだけ「この人だ」という証拠が出てこなかったということでもある。事件があった地区が当時いかに混沌としていたかを考えると、目撃者の記憶が頼りにならなかったのも理解できる。
2014年には、ある研究者がショールに残っていたDNAを解析して「ポーランド人の床屋アーロン・コスミンスキーが犯人だ」と発表した。一時期かなり話題になったんだけど、その後サンプルの汚染の可能性が指摘されて、学術的には「決定的ではない」という評価に落ち着いてしまった。そういうもどかしさが、この事件の核心にある。
ホワイトチャペルという地区の背景を少し補足しておきたい。当時のロンドン東部は、産業革命のひずみが集中していた場所だった。工場労働者、失業者、移民が密集して暮らし、売春や犯罪が日常的にあった。警察の目も届きにくい、入り組んだ路地が続く街だった。そういう環境が、犯人に「消える」機会を与えていたとも言える。どこにでもいそうな人間が、霧の中に消えていく。それがホワイトチャペルだった。
ゾディアック・キラー(1968-1969年)
サンフランシスコ近郊で少なくとも5人を殺し、警察や新聞社に暗号文を送りつけてきた殺人犯。挑発なのか愉快犯なのか、動機すらよくわからない。2020年にアマチュアの解読チームが340文字の暗号を解くことに成功して話題になったが、それでも犯人の名前は出てこなかった。50年以上、ずっとそのまま。
解読された暗号文には「自分は奴隷を集めるためにこの仕事をしている」という趣旨の内容が書かれていた。殺した人間が来世で自分に仕えると信じていた、ということになる。狂気なのか計算なのか、読むたびに気持ちが悪くなる。
最有力容疑者として長年名前が挙がっているのが、アーサー・リー・アレンという人物だ。FBI捜査官の一部も彼を疑っていたし、家宅捜索も行われた。でも証拠が決定的ではなく、2002年に彼が死亡してから真相を確認する手段が失われた。死後にDNA鑑定をしたら一致しないという結果も出ていて、謎はさらに深まった。
ゾディアック・キラーが不気味なのは、「捕まらない」ことを楽しんでいたように見える点だ。暗号を送るのも、自分が何人殺したかカウントして報告してくるのも、どこか余裕を感じる。単純な恐怖より、得体の知れなさのほうが強く残る。
ゾディアック事件が映画『ゾディアック』(2007年・デビッド・フィンチャー監督)になったことは有名だが、あの映画が描いたのは犯人の話ではなく「追いかけた人たちがどう壊れていったか」の話だった。事件に取り憑かれた新聞記者が、何年もかけて少しずつ人生を消耗していく。犯人が怖いのか、それとも「わからない」という状況が人間を蝕む怖さなのか。あの映画を見てから、未解決事件の見え方が少し変わった。
テキサーカナの幽霊殺人魔(1946年)
アメリカのテキサス州とアーカンソー州にまたがる街、テキサーカナ。1946年の春から夏にかけて、街の近郊でカップルを狙った連続殺人事件が起きた。被害者は8人。犯人は今も特定されていない。
特徴的なのは、犯人が必ず夜間に、人里離れた場所に止まっているカップルを狙ったという点だ。「ファントム・キラー(幽霊殺人魔)」と呼ばれたのは、霧の中から現れて消えるような犯行パターンからだった。物的証拠はほとんど残らなかった。
当時の捜査官は数百人にも及ぶ人物を取り調べたが、逮捕には至らなかった。ある容疑者が捜査の最中に自殺したことで捜査が実質的に終了し、そのまま迷宮入りになった。その人物が本当に犯人だったのかどうかも、今となってはわからない。
この事件は後に映画『ザ・タウン・ザット・ドレッデッド・サンダウン』(1976年)のベースになった。フィクションの中でドラマチックに描かれた分、実際の事件の詳細と伝説が混合してしまっているという指摘もある。未解決事件は語り継がれるうちに変質していく。それもまた、真実を遠ざける一因になっている。
ニューオーリンズのアックスマン(1918〜1919年)
これはちょっと変わっていて、犯人が新聞社に手紙を送りつけてきた事件だ。「俺は悪魔だ。3月19日の夜だけは、ジャズを演奏しているすべての家には入らない」という内容で、その夜ニューオーリンズの街中でジャズの音楽が鳴り響いたという話が残っている。
被害者は主にイタリア系移民の食料品店の店主たちで、凶器は斧かカミソリ。少なくとも6人が死亡し、数人が重傷を負った。犯人は一度も捕まらず、1919年を最後に事件はぴたりと止まった。
なぜ止まったのか。犯人が死んだのか、街を去ったのか、それとも全く別の理由があるのか。何も確認されないまま終わってしまった。ジャズという音楽と連続殺人がこういう形で絡み合った事件は、他に聞いたことがない。妙な美しさと、ぞっとする感覚が同居している。
この手紙の文体が、また独特だった。脅迫状というより、どこか演劇的で、挑発と余裕が混じり合っていた。切り裂きジャックやゾディアック・キラーもそうだけど、「メッセージを送ってくる犯人」には共通した性質がある。ただ殺したいわけじゃなくて、恐怖そのものを演出したい。街全体を劇場にして、自分が主役でいたい。そういう欲求が透けて見える。それが余計に気持ちが悪い。
ロングアイランドの連続殺人犯(2010年〜)
2010年、ニューヨーク州ロングアイランドのギルゴビーチ周辺で複数の遺体が発見された。最終的に11人分の遺体が確認されていて、被害者の多くは性産業に従事していた女性だった。「ロングアイランド連続殺人犯(LISK)」として捜査が続いているが、2024年現在も犯人は特定されていない。
この事件が特に気味悪いのは、犯人が被害者の携帯電話から家族に連絡をとっていたという点だ。被害者が消えた後、家族のもとに「自分は元気にやっている」という趣旨のメッセージが届いた。計画的で、証拠を残さないことに慣れていた。
地元警察とFBIの連携不足が繰り返し批判されていて、被害者家族からは今も怒りと悲しみの声が上がっている。「未解決」というのは、関係者にとっては現在進行形の傷だということを、この事件は改めて思い知らせてくれる。
クリーブランドの胴体切断魔(1934〜1938年)
大恐慌の時代のアメリカ、オハイオ州クリーブランドで起きた事件だ。1934年から1938年にかけて、少なくとも12人分の切断された遺体がクリーブランドの川や空き地で発見された。頭部が見つからないケースも多く、被害者の身元すら特定できていないものがほとんどだ。
当時の捜査を指揮したのは、あの「エリオット・ネス」だった。アル・カポネを追い詰めた有名な捜査官だ。彼が全力で動いたにも関わらず、犯人を逮捕することはできなかった。この事実一つで、この犯人がどれだけ巧妙だったかがわかると思う。
有力容疑者は何人か浮上したが、証拠が足りなかった。精神科病院に収容された人物が最有力として追われたこともあったが、捜査の手続きをめぐる混乱もあってそのまま迷宮入りになった。エリオット・ネスが晩年までこの事件を引きずっていたという話も残っている。
被害者の多くが住所不定の浮浪者や売春婦だったという背景が、捜査を遅らせた面もある。身元確認ができない、行方不明の届け出が出ない、証言してくれる知人もいない。社会的に「見えにくい」人たちが狙われたとき、事件の発覚そのものが遅れる。これはLISKの事件にも共通する構図だ。犯人はそれを計算していたのかもしれない。
日本にも残っている未解決の影
グリコ・森永事件(1984〜1985年)
連続殺人ではないが、日本が経験した「捕まえられなかった」事件として外せない。食品会社を標的にした脅迫と毒物混入の一連の事件で、「かい人21面相」と名乗る犯人グループが当時の日本社会を揺るがした。捜査員が延べ100万人以上投入されたと言われているが、時効を迎えるまで犯人は特定されなかった。
この事件が残したのは恐怖だけじゃない。「スーパーで買い物するとき、パッケージを確認する」という習慣が日本人に根付いたのはこの事件の影響が大きいと言われている。社会の行動が変わるほどの事件だった。
2000年、時効成立の直前に滋賀県警が有力容疑者を特定したという情報が一部で流れたが、逮捕には至らなかった。真相を知る人間がどこかに生きているかもしれない、という事実が今も重くのしかかっている。
足利事件と冤罪の問題
足利事件は、1990年に栃木県で起きた幼女殺害事件だ。菅家利和さんが逮捕・有罪判決を受けたが、2009年にDNA再鑑定で無実が証明されて釈放された。足かけ17年間、無実の人が刑務所にいたことになる。
なぜここで紹介するかというと、「未解決」と「冤罪」は表裏一体だから。誰かを犯人と決めつけて捜査が終わったとき、本当の犯人が野に放たれる。足利事件では、菅家さんが「解決済み」とされていた間、真犯人は野に放たれていた。真の意味で未解決のままだった。
後にDNA鑑定で同型の別の事件との関連が浮上したが、時効が成立しており、真犯人の逮捕は今もできていない。誰かが冤罪で苦しんでいる間にも、時計は進み続けていた。
なぜ未解決のまま終わるのか
これだけ見てきて、共通してるなと思うことがある。
技術の問題が一番わかりやすい。DNA鑑定が実用化されたのは1980年代後半で、指紋データベースが整備されたのもそれ以降だ。19世紀や20世紀前半の事件は、物的証拠があっても「比較できる基準」がなかった。証拠が手元にあるのに使えない、という状況が多かった。
それに加えて、管轄の壁がある。複数の州や国にまたがった犯行は、当時の警察組織の縦割り構造と相性が悪い。情報が共有されず、同一犯の仕業だと気づくのに時間がかかる。ゾディアック・キラーの犯行現場が複数の管轄区域にまたがっていたのも、捜査を混乱させた一因だとされている。
目撃者の記憶も当てにならない。人間の記憶は思った以上に曖昧で、時間が経つにつれて変質していく。夜間や緊急事態の状況では特に、顔や服装の記憶が混乱しやすい。目撃証言をもとに描いた似顔絵が実物と全く似ていなかった、というケースも珍しくない。
結局のところ、捕まらなかった犯人には共通して「証拠を残さない」という意識があった。衝動的に動いたんじゃなくて、捕まることを恐れて計画的に動いていた。それだけのことなんだけど、これが一番大きい。
「移動する犯人」が一番厄介な理由
未解決事件の犯人に多いパターンがある。一箇所に留まらず、常に移動している、というものだ。同じ地域で繰り返せば目立つが、各地で一件ずつやって移動していけば、捜査機関が「同一犯だ」と気づくのが遅れる。
ペドロ・ロペスもそうだった。コロンビアで逃げ、ペルーで犯行を重ね、エクアドルで逮捕された。当時の南米では国境を越えての捜査情報共有などほとんど機能していなかった。エクアドルで捕まったとき、ペルーやコロンビアでの犯行はほぼ把握されていなかったという。
現代でもこの問題は完全には解決していない。国際刑事警察機構(インターポール)が存在するとはいえ、加盟各国の法律の違い、情報提供の優先度、言語の壁が捜査の足を引っ張ることはある。「移動する犯人」に対して、国家の境界線はいつも少し遅い。
アンデスの殺人鬼「ユーバ・インカ」について
シンヤが冒頭で話していた「ユーバ・インカ」。アンデス山脈の山岳地帯を舞台にした連続殺人犯を指す呼び名で、現地では恐怖の代名詞として語り継がれてきた存在だ。
アンデスという地形そのものが、捜査を困難にしていた。標高の高い山岳地帯、交通インフラが整っていない集落、複数の国にまたがる国境。この地理的な複雑さを利用して、長期間にわたって身を隠すことができたとされている。都市部の事件とは全く違う難しさがある。
南米で記録された連続殺人犯のなかで最も衝撃的な一人に「ペドロ・ロペス」がいる。コロンビア、ペルー、エクアドルで犯行を繰り返し、110人以上の殺害で有罪判決を受けた人物だ。「アンデスの怪物」と呼ばれたこの男は、なんと1994年に「改心した」として釈放されてしまった。そしてその後の行方は現在も不明だ。
犯人がわかっていても「今どこにいるかわからない」という別の種類の恐怖がある。未解決事件の怖さとはまた違う、もっとリアルな怖さだ。この話は、知れば知るほど気持ちが落ち着かなくなる。
アンデスの地形が生んだ「逃げ場」
アンデス山脈は全長7,000キロを超える世界最長の山脈だ。標高4,000メートルを超える高地に集落が点在し、道路が整備されていない地域も多い。警察や軍が迅速に展開できる環境ではない。
そういう地域では、余所者が紛れ込んでも「出稼ぎ労働者」や「行商人」として自然に見える。身分証明の確認も、都市部ほど厳格ではない時代が長く続いた。捜査の網が届くまでに、犯人は次の集落へと移っていけた。
ペドロ・ロペスが後の供述で「山の中では自分が神だった」と言ったのは、単なる虚勢だけじゃないと思う。あの地形の中では、本当にそういう感覚が生まれるのかもしれない。圧倒的な自然と、追ってくる人間のいない空間。それがこの男の犯行を長期間可能にした条件だった。
未解決事件がなぜここまで語り継がれるのか
なぜこれだけ多くの未解決事件が今も語られ続けるのか、ずっと考えていた。
答えが出ない、という本能的な気持ち悪さが大きいと思う。謎が解けないと、脳はずっとそれを考え続けようとする。恐怖であっても、好奇心の形をとって人を引き付ける。人間はもともと「わからないこと」に耐えられない生き物なんだと思う。
それとは別に、被害者への気持ちもある。身元すらわからない被害者、名前も残らなかった人たちのことを、誰かが語り続けることで記憶が保たれる。未解決事件のドキュメンタリーやポッドキャストが今も世界中で人気なのは、純粋な好奇心だけじゃない。「忘れたくない」という気持ちが根っこにあるんだと思う。
「いつか解決するかもしれない」という感覚も、語り継がれる理由の一つだ。技術は進化し続けていて、古い証拠物から新しい情報が引き出されることもある。数十年前の事件が最新のDNA技術で解決した例は実際にあって、それがある限り「まだ終わっていない」という感覚が続く。
「真犯人探し」がエンターテインメントになる危うさ
一方で、未解決事件が語られ続けることには、危うい側面もある。インターネット上では「俺はこの人物が犯人だと思う」という議論が際限なく続き、時に無実の人物の名前が拡散されることもある。切り裂きジャックの「容疑者リスト」に名前が載っている人物の子孫が、今もその風評に苦しんでいるというケースがある。
未解決であることへの好奇心は自然なものだけど、その向け先には気をつけたほうがいい。事件の「謎解き」を楽しむ感覚と、実際に傷ついた人間がいるという現実は、切り離して考えないといけない。そのバランスを保ちながら、こういう話を続けていきたいとは思っている。
技術の進化と、眠っていた事件が動き出す可能性
2010年代以降、遺伝子系譜学という技術が犯罪捜査に使われるようになった。犯人のDNAから遠縁の親族を特定して、そこから犯人を絞り込むという手法だ。「ゴールデン・ステート・キラー」と呼ばれたカリフォルニアの連続犯が、この技術によって2018年に逮捕された。それまで40年以上未解決だった事件だ。
同じ手法が、これまで諦められていた事件にも使われ始めている。切り裂きジャックやゾディアック・キラーの事件にも、当時の証拠物が保存されていれば適用できる可能性がある。冷凍保存されてきた物的証拠が、技術の進歩を待って「出番」を待っているようなイメージだ。
ゴールデン・ステート・キラーが解決した経緯
少し詳しく触れておきたい。ジョセフ・ジェームズ・ディアンジェロという男が2018年に逮捕されたとき、彼はすでに72歳だった。1970〜80年代にカリフォルニア州各地で13件の殺人、50件以上の強姦に関与したとされている。現役の警察官だった時期もある。
逮捕のきっかけは、民間の遺伝子系譜サービスへの登録データだった。捜査当局が犯行現場に残されたDNAを家系図データベースに照合し、遠縁の親族から容疑者を絞り込んだ。最終的に彼が捨てたゴミからDNAを採取して一致を確認し、逮捕に踏み切った。
この手法はプライバシー問題を含む倫理的な議論を呼んだが、40年以上被害者を苦しめてきた事件が解決したという事実は大きかった。テクノロジーが時間を巻き戻した、とでも言うような出来事だった。
技術が追いつくたびに、眠っていた事件が再び動き始める。それがいつになるかはわからないけれど、「永遠に謎のまま」とは言い切れない時代になってきた。
AIと犯罪捜査の今後
近年では、人工知能を使った犯罪捜査の研究も進んでいる。大量の証拠データから相関を見つけたり、古い事件と新しい事件をつなぐパターンを発見したりする試みだ。まだ実用化は限定的だが、遺伝子系譜学が登場したときと同じ段階にある可能性はある。
10年後、20年後に「AIが60年前の未解決事件を解いた」というニュースが出てくるかもしれない。そのとき、犯人がまだ生きているのか、すでに死んでいるのか。生きていれば逮捕できるが、死んでいれば「誰だったか」はわかっても裁くことはできない。どちらにしても、答えが出ること自体には意味があると思っている。
未解決事件を調べていると、犯罪の話であると同時に「その時代の限界の話」でもあると感じる。捜査官が無能だったわけでも、社会が無関心だったわけでもない。その時代に使えるものをすべて使って、それでも届かなかった。その重さは、事件の恐ろしさとはまた別のところに、静かに残っている。
シンヤが気になったこと:調べていて一番怖かった話
個人的な話をしていいなら、今回一番ぞっとしたのはペドロ・ロペスの釈放後の話だ。「改心した」「精神鑑定で問題なし」という理由で1994年に釈放された、という事実。110人以上を殺した人間が、どこかで今も生きている可能性がある。
エクアドル当局は釈放後に行方を把握できていないと認めている。コロンビアで再逮捕されたという情報もあったが、詳細は確認できていない。現時点での彼の年齢は70代後半になる計算だ。
調べれば調べるほど、「未解決」というのは過去の話じゃなくて現在進行形だということがわかる。犯人が塀の中にいるかどうかも不明な事件が、世界中に存在している。そのことをどこかで意識しておくことが、こういう話を扱う上での最低限の誠実さだと思っている。
軽い気持ちで「怖い話だな」で終わらせていい話じゃない。でも知ることには意味がある。闇を直視することと、それに飲み込まれることは違う。そこの線引きを持ちながら、次の話も調べていこうと思っている。
山岳地帯に隠れた殺人鬼って、それだけでもう映画みたいだけど実話なんだよな。シンヤでした、またな。